第164話

 マイカちゃんに魔法が当たらないように、そんなことを気にする余裕は無くなっていた。私が力を発動させても、すぐに別の魔法をぶつけてかき消される。激しい攻防の中、向こうの攻撃をなんとか凌いでいるけど、涼しい顔をしているのは彼だけだ。

 隕石のように複数の火球を降らせてヴォルフを狙う。殺しちゃうかもしれないなんてことはあんまり考えてない。死んだっていい、これはそういう種類の戦いだって、肌で分かるんだ。

 彼は迫り来る私の攻撃を杖で指すと、地面から同じ量、同じ数の岩を呼び出した。ごごごと地鳴りがして、油断をしていると転びそうだ。そうして自らの魔法で見事に火球を相殺した。衝突の瞬間は激しい音と衝撃が周囲を巻き込んだが、障壁を何重にも張っているのか、ヴォルフの服や髪だけは微動だにしなかった。


「その歳で大したもんじゃの。そろそろ本気を出して良いぞ」


 ヴォルフは片手で肩をとんとんと叩く。こっちはもう十分本気だっての。しかしそう言われて何もしないのはなんか悔しい。

 私は握っていた剣の片方、炎の刃を鞘にしまうと、両手で氷の刃の柄を握った。女神に念じながら、剣を振り下ろす。私の願いが聞き届けられ、剣が地上を叩く頃には元の何倍もの長さになっていて、それはヴォルフを斬ってもまだおつりが来るくらい伸びていた。


 無駄のない動きで避けられたのは知っている。私は同じ要領で、今度は剣を横に振ろうとした。腕が悲鳴を上げているけど、やっと思い付いた作戦だ。多少の無理は仕方がない。

 風の精霊に呼び掛けて斬撃を後押ししてもらうと、かなりスピードが乗った。そうして、先ほどとは明らかに違う感触に手が痺れる。見ると、魔力を込めた氷の刃が、ヴォルフの魔法障壁に食い込んでいる。叩き割るまではいかなかったけど、壁にヒビが入ると防御力・保護力が著しく下がるのが障壁の基本。今しかない!


 私は氷の刃からは手を離した。障壁にめり込んでいるせいか、離したままの状態でも柄はこちらを向いている。

 そして精霊に呼び掛け、すぐに激しい土煙を巻き起こした。これ自体は大したダメージにならないだろう。でもいい。魔法のおかげで周囲の視界が一気に悪くなった。私は休まない、というかここからが本番だ。


 精霊の力を借りて高く跳ぶと、炎の刃を力一杯突き出す。ヤリのように伸びた刀身がヴォルフを目指し、ヒビが入っていた結界を完全に貫く感触があった!


 やったか!? フラグになるからあんまり言わない方がいいって言われてたんだけど、つい呟いてしまった。


「ふん!」

「!?」


 視界がほぼゼロだったにも関わらず、なんとヴォルフは杖で私の剣をさばいていた。

 障壁なんていくらでも作り直せる。つまり私は、双剣は形を変えることができるという手の内を明かしたにも関わらず、何の成果も上げられなかった、ということになる。彼の体術的なスキルを見誤っていた私が悪い。


「くっそ……!」


 地上に下りると、すぐに氷の剣を回収して構え直した。落ち込む暇もなく次の手を考える。しかし、今の攻撃からヒントを得て、次を繰り出そうとしているのはヴォルフの方だった。

 彼が持つ杖からは青と赤のオーラが捩じれるようにして立ちのぼっている。何をするつもりなんだろう。杖から感じられるオーラが莫大なのに、何かをしようという気配が全く感じられない。まるで、ここにずっと居ろ、と言われてるようだ。青と赤の正体は氷属性と炎属性だろう。それぞれの精霊達を使役させて、今も杖に集まるオーラは増え続けている。


「……この歳で腕っぷしを試されるのはゴメンじゃからのぅ」

「くっ……」


 初めに言っておくけど、あの集積されたとんでもないエネルギーが自分に向けられたりしない限り、私は何にも痛くない。多分……ヴォルフは、勘違いをしているんだ。

 本格的に戦いを始める前、私のことを「精霊の加護を付与する鍛冶屋」と言い表した。確かにそうだ、私の生業を言い表そうとするなら正解に限りなく近い表現だと思う。


 でもそれが私の能力の全てじゃない。そこを間違っているから、こんなことになっている。彼ほどの魔導師なら、おそらく普通は気付けるのに。私の剣に宿っているのは精霊じゃなくて女神の力だって。力を貸してくれる者達の声に耳を傾けようとしないから、こんな勘違いをするんだ。

 悔しがる演技をした。彼はいま、私の双剣の力を封じたつもりでいるのだから。


「お嬢さんの力の源の炎と氷の妖精には、ワシの傍で力を練り、ここに居る他者に力を貸さぬよう命令している」


 分かっている。だけどこれはチャンスだ。私は最大の攻撃手段を奪われ、焦ったように振る舞うことにした。狙いの定まっていない魔法をヴォルフに向けて放ち、彼はいとも容易くそれらをクリアしていく。両手に持った剣はただしまい忘れただけ、そう見えるように振る舞った。

 正面から火炎放射が飛んでくる。私は地面から空へと、逆に登る滝のような土の障壁を展開した。ヴォルフの攻撃を防ぐことに成功したバリアだが、そのためだけにこれを呼び出したのではない。私は隠れるものを、自然と生み出す機会を探していたのだ。

 私とヴォルフの間には、厚い土のバリアがあって、お互いの姿は見えない。私は、炎の刃を低く構えて、一気に自分が作った障壁を貫いた。


 次に認識したのは、私がヴォルフを討ち破った、ということではなく、体に走った衝撃だった。

 消えるバリア。クリアになる視界。完全に虚を突かれたヴォルフ。彼の代わりに反応して見せ、攻撃を盾で弾く勇者。その間も徐々に斜めに、しまいには横になっていく視界。


「……へ?」


 私は倒れていた。見上げると、そこには拳を突き出した格好で固まる格闘家の姿があった。あぁ、そうか、私、こいつにぶっ飛ばされたんだ。

 殴られたということを認識すると、ターゲットになったらしい横っ腹がズキズキと傷んだ。呼吸が止まっていたことすら今更知って、私は痛みと苦しさに耐えながら、それでもなんとか男達から視線を逸らさないようにする。

 少し離れたところで、私を呼ぶ声が聞こえる。耳馴染みのある声だった。

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