第166話

 私の双剣は、刀身の部分が全く同じで、多少装飾が違えど入れ替えが可能なように作られている。元々どちらでも納められるようにと父がそうしたのだけど、結論としてそれは叶わなくなった。

 属性の付与で女神を呼び出したときに、正反対の属性の武器か納まっていたところに入れられるのは嫌だと、双方から言われた為だ。今はそんなことないけど、当時の二人はすごく仲が悪そうだったから、それも関係あるのかも。

 とにかく、力を貸す代わりに、決まった鞘に納めることを約束させられた。もし約束が破られれば、関わった人間にも同じ目に遭ってもらう、とも。それから、間違いが起きないようにと、父は分かりやすく鞘にもささやかな装飾を施した。

 そして今より大分アホだった私は、一度だけ好奇心に負けて、剣を入れ替えてしまってしまったことがある。閃光が作業場を白く染め、目を開けると身体の全てが自分の意志とは真逆に動いてしまう症状に見舞われた。手を右に動かそうとしても左に動くし、手を掴もうとしても開いてしまう。

 頭が慣れてきた頃、やっとの思いで元々あった鞘に戻すと、再び閃光が現れて体が元に戻ったのだ。酔っぱらいみたいな私の動きを見た女神二人がそれをきっかけに少しずつ仲良くなっていってくれたので、全く無駄だったとは言わないけど……さっきまではずっと、”試すべきではなかった愚行”だと思っていた。

 でも……そのおかげで私達は、再び戦う機会を得られたのだ。契約のとき、女神達は、「入れ替えに関わった人間に同じ目に遭ってもらう」と言った。マイカちゃんに指示した私と、入れ替えた張本人のマイカちゃん。二人が酔っぱらいみたいになったらヤバいと思ったけど、女神達は私の意思を汲んでくれたのだ。

 結果、私は今、マイカちゃんの身体で双剣を振るうことが出来ている。


 私は一瞬で距離を縮めると、ウェンに斬りかかった。剣の切れ味がいいおかげで全く感触は無かったけど、肩を押さえる仕草を見て、少し刃が届いたらしいことを知る。だけど深追いはしない。これまでは勇者が手を出して来なかったけど、こうなれば彼も黙っていないだろうから。


「マイカちゃん! 今なら魔法、使いたい放題だよ!」

「……!?」


 勇者達は訝しげにこちらを見ている。それもそうだ。あの人達から見れば、自分に大声で意味不明なことを叫びだしたヤバい女なんだから。この言葉の意味は、当事者の私達にしか分からない。


「よく分かんないけど、分かった!」


 マイカちゃんの元気な返事が聞こえて、私は口元だけで笑った。体が馬鹿みたいに軽い。剣を持つ手も。体の延長線上にあるものというよりは、体の一部のようだ。手中で回す双剣もいつもより元気に感じる。身体能力オバケのマイカちゃんの身体と、武器の扱いを知っている私の魂は、剣で戦うのにすこぶる相性が良かった。

 ウェンに斬り掛かるフェイントを入れた後、勇者の方へと走り出す。ぎゅんぎゅんと縮まる距離に頭が追いつかない程だ。類稀なる脚力で勇者に近付くと、彼は剣を抜いて反応してみせた。だけど、私、というかマイカちゃんの反応の方が早い。ホントに野生児だな、この子。

 真上に飛んで横薙ぎにされた剣筋を見送ると、双剣を構える。勇者の背後を取って振り向きざまに腕を振るうと、甲高い音が鳴った。

 私と勇者は刃を交えながら睨み合っていた。


「どういうことかは分からない、が……君はラン、だね」

「当ったりー」


 私はあえて軽率に応える。互いに後ろに飛び退いて距離を取ると、私には炎の渦が、勇者には氷の津波が押し寄せた。勇者のことはひとまずマイカちゃんに任せるとしよう。

 炎の渦をバク宙で回避すると、私は魔法を使用した主に向く。炎や氷の球、上からは電撃が降り注ぐ。無詠唱で全属性の精霊を従えることができるという、その実力は伊達じゃない。

 だけど、マイカちゃんの体を持った私は、それらを軽々と避けてヴォルフとの距離を縮めていく。集中的に攻撃魔法を使ったせいか、彼なりに焦っているのか、とにかく障壁を作る暇は無かったらしい。呆気なく間合いに入ると、私は迷うことなく彼の持つ杖に刃を向けた。両手を重ねるようにして、ありったけの力を込めて横に薙ぐ。氷と炎の属性が付与された剣撃を同時に受けた杖は、粉々に砕け散った。


 振り返ると、私の姿をしたマイカちゃんが女神の力を具現化して、見事に勇者とウェン相手に応戦していた。


「土の精霊よ、大地を揺り動かせ! 女神の目覚めに歓喜し、謡うように!」


 マイカちゃんがそう言って手を天にかざすと、地面が蛇のように盛り上がり、勇者達の前で爆ぜる。細かく散ったそれらを完璧に防ぐ術は無く、二人は小さな傷を増やしながら次の攻撃に備えるしかなかった。


「大地の女神よ! 彼らの喜びを耳にしたのならば我が呼びかけに応えよ!」


 彼女は無意識にやっていることだろうけど、実はものすごく高度なことをしている。あれは多段階詠唱と呼ばれるもので、詠唱を好む魔道士の間でも一握りの人間しか扱えない。

 女神の力を攻撃用に具現化して使うには、長い詠唱が必要になる。そのタイムロスを、精霊に呼びかけて軽めの魔法にしつつ、女神への詠唱の一部にするというものだ。つまり、女神に呼びかけることができる者しか使用者に成り得ない上に、状況に合わせたとんでもない語彙が必要になる。


「アース・テンペスト!!」


 うわすっごい恥ずかしい……いや、ああいうのを素面で出来ないから、私って詠唱が向いてないんだよな……。詠唱系の魔道師たるもの、こんな言葉で赤面していたら務まらない。


 私の真の狙いはこれだ。私がマイカちゃんの体になることで、力強い剣撃を行える体になることはオマケというか。私の生まれ持った体質と、彼女に備わる魔道師の資質。それらをかけ合わせることにあった。

 言葉の通り、マイカちゃんの周囲の大地は迫り上がり、空高く天辺から崩れて、雪崩のように勇者達を飲み込んでいく。


 ……ちょっと待って。あのさ、あれ、絶対死んでるよね。確かに、私達も大切な人達の命がかかってるよ? でもさ……?

 まさか、一人残らずSATSUGAIしたりしてないよね? そんな業を背負う心づもりじゃなかったっていうか、その……。ま、いっか。


 私は自分の鞄を回収して、剣の鞘をとりあえず腰に装着すると、何故かまだ魔法を繰り出そうとしているマイカちゃん、というか私の身体の手を引いてその場から離れた。私の身体って、こんなに軽いんだね……。

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