第167話

 私達は走った。

 女神が力を行使しているのか、余韻でそうなっているのかは分からないけど、背後からは土砂や岩が大地で暴れてる音がまだ聞こえる。だけどほっといて転送陣やクー達を探そうとした。


「ラン! 待って!」

「えっ?」


 振り返ると、私の姿をしたマイカちゃんは結構後ろでもたもたしていた。いつもの調子で全力疾走していたから、全然気付かなかった。ただでさえ私とマイカちゃんの体には身体能力に大きな差があるのに、よく考えたら私……さっきウェンに思いっきり殴られたじゃん……。

 双剣を普段とは反対に鞘に戻して、彼女の元へと駆け寄った。そして自分の体をおぶると、あまりの軽さに変な声が出た。


「ランの体、貧弱すぎ」

「マイカちゃんからすれば大体の女性は貧弱だと思うよ……」


 言いながらも私は駆け出す。転送陣がどこに繋がるのかは分からない。流刑地のルーズランドにそんなものがあったと知られれば大事になりそうだけど、魔術師の罪人がこれまで一人も居なかったとは考えにくい。きっとそういう誰かが作ったんだ。


「おい! 無事かお前ら!」


 フオちゃんの声だ。上を見ると、そこには元気そうなフオちゃんとクーが居た。二人が無事だと分かっただけで嬉しかったけど、今はここを一刻も早く抜け出す必要がある。


「ラン達が戦っている間に転送陣を探しておいたんだ!」

「あったの!?」

「あぁ、かなり掠れてたけどな」

「グゥオオォォォォォォ!!!!」


 クーが突然雄叫びをあげる。どうしたのと問う必要は無かった。雄叫びと同時に、クーの体がみるみる大きくなったからだ。


「グゥガァァ…………!!」


 クーは私達を乗せる時の、更に倍くらいの大きさになった。重さで地の底が抜けてヒノモトの地下道に落ちてしまうかもと心配してしまうくらいのサイズだ。


「グルルル……」


 威厳のある声とは裏腹に、クーはニコニコといつもの笑みを浮かべて私達を見下ろしていた。乗れ、そういうことだろう。これだけ大きくなってくれれば、たてがみにしがみ付けばなんとかなりそうだ。


「マイカちゃん、行ける?」

「行くしかないでしょ!」


 彼女は腹を押さえていた両手を振って助走を付けると、クーの尻尾に飛び乗った。ちょっと落ちそうになってたけど、まぁそれ私の体だしね。普段の自分の動きとのギャップがあるだろうけど、落ちて怪我さえしなければなんでもいい。

 私はクーの背中を上手く進めない自分の体を後ろから押してあげて、やっとフオちゃんが乗っていた辺りのところまで辿り着く。


「二人とも、なんか雰囲気が違うっていうか……」

「ワケあって入れ替わってるのよ」

「はぁ!?」


 フオちゃんの新鮮な反応を聞きつつ、クーは動き出した。すごいスピードで、だけど大きいからか安定感がある。これならマイカちゃんが振り落とされる心配もないだろう。風を受けながらクーのたてがみをぎゅっと握る私の体が振り向いた。


「そろそろ体戻してもいいんじゃないの?」

「私も早く戻したいんだけどね、勇者に追ってこられたときのことを考えると……」

「……それもそうね。じゃあ転送陣でどこかに飛んでからってことで」

「うん。痛いと思うけど、ちょっとだけ我慢しててね」

「平気よこれくらい」

「お前ら、あたしの能力忘れてんだろ。どこだ?」


 ごめん、めっちゃ忘れてた。フオちゃんは私の体の腹部を触ると、目を閉じて何かを念じる。添えられた手に柔らかい光が宿って、すぐに消えた。


「痛みが消えたわ……!」

「怪我は病気を治すよりもよっぽど単純だからな。こんなの余裕だよ」


 こんなことくらいしかできないけど。フオちゃんは申し訳なさそうにそう言ったけど、回復の魔法はすごく難しいと聞いたことがある。一年修行して、筋が良ければちょっと切り傷を癒せるくらいなんて噂も。謙遜し過ぎだよ。


「そろそろだ。準備はいいか?」

「魔法陣、使えそうだった?」

「なんとかな。ただ、不自然なくらい魔力がみなぎってて、それが異様だったな」

「魔力が……?」


 魔法陣に魔力が残る理由として考えられるのは、二つ。誰かが対になる転送陣に働きかけているか、使用直後であるか、だ。勇者達がここに来たことを考えれば不自然ではないと思うんだけど。


「使用された後って感じじゃないんだよ、ほらあそこ」


 ちょうど見えてきた転送陣をフオちゃんが指差すと、魔力を感じるどころか、突然光り出した。


 人影が二つ。白い頭と黒い頭。心当たりのあるその二人は、クーの姿に驚いていたけど、私が声を掛けると、逃げようとしていたのをピタリと止めた。

 クーが着地してすぐに背中から飛び降りる。さすがマイカちゃんの体、痛み一つなく、難なく着地できた。私は二人に駆け寄って話し掛けた。


「レイさん! クロちゃん! どうしてここに!?」

「なんかマイカちゃんのキャラ違うんだけど!?」

「気持ち悪い……こんなランみたいなマイカ、いやだ……」

「クロちゃんのその言い方だと私が気持ち悪いみたいになるからやめようね」


 怯えたクロちゃんは、レイさんの腕にぎゅっと抱き着いて震えている。なんか妙に距離が近い気がするんだけど……レイさん、クロちゃんになんかした……? ドラッグか……?


 私は手短に入れ替わってることを伝える。その間にフオちゃんとマイカちゃんが寄ってきた。マイカちゃんの肩には小さくなったクーも乗っている。


「まぁ事情はあとで話すとして、とりあえず転送陣に乗ろうか!」

「これ、どこに繋がってるの?」

「こっちも事情を話すと長くなるから省略させてもらうけど、まぁ乗って乗って!」


 結構ぎゅうぎゅう詰めで転送陣に乗ると、レイさんが声高らかに言った。


「行くよ! 青の柱がある、セイン王国に!」

「はい!?!?」

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