亜空間のススメ

亜空間に進め

第168話

 突如現れたレイさんとクロちゃん。私は自分の体がマイカちゃんと入れ替わってしまっていることを棚に上げて驚きまくった。だって二人がここにいるだけでびっくりなのに、さらに場所がブルーブルーフォレストのあるセイン王国ときたら、驚かない人はいないでしょ。


「お互い、とにかくちんぷんかんぷんだと思うけど、今は移動しよう」

「さんせ〜」


 レイさんは軽い調子で私の言葉に賛同しながら、転送陣を展開させようと魔力を練る。

 翻訳機を付けているにも関わらず、レイさんが何を言っているのか分からない。言葉に意味を込めない種類の詠唱か、もしくはものすごく珍しい言葉で、翻訳言語として対応していないかのどちらか、ということになる。

 彼女が手を広げると、転送陣が紫色に光りだし、辺りを包み込んだ。


 そして転送先は……。真っ暗闇の中、三六〇度に小さく何かが光っている謎の空間だった。星空の中に放り込まれたような光景だ。


「って、何これ!?」

「あぁこれ? 亜空間」

「ここが普通の空間じゃないことは分かるわよ!」


 私の身体のままマイカちゃんが吠える。自分じゃあんな顔はなかなかしないから、なんかちょっと不思議な感じがする。やらないと思うけど、私の体で変顔とかは絶対しないで欲しいな。


「ちゃんと話すって」


 そう言ってレイさんは語りだした。二人はあの森で新しい剣の封印場所を探す研究を始めたこと。合間合間にコタンでレイさんの知識を利用して資金を集めて、本当に家を作り始めたこと。家が出来る頃には封印場所の研究は粗方終わっていて、次にルーズランド攻略を終えた私達が、ブルーブルーフォレストに最短で向かう方法を考えていてくれたこと。

 私達がルーズランドを目指している間に、二人は精一杯手助けしようとしてくれてたんだって知って、なんだか嬉しくなった。私達が絶対に赤の柱を攻略できるって信じてないと、そんな研究進められないよ。


「それでサライに過去の文献を調べてもらったら、ジーニアの図書館にボウという名前の、架空の大陸から抜け出してきた魔術師の小説が見つかったんだよ」

「ボウって、ヒノモトの炎の魔法と同じ名前だぞ」

「そそ。あくまでフィクションとして書かれたものだったんだけど、小説の中で起こった出来事を照合してみたら似たようなことが実際に起こってたんだよね。災害とか、当時新しく見つかった学問の法則とか。それで、これは自己顕示欲を拗らせたタイプの魔術師の仕業だってピンときた」

「多分、誰かに気付いて欲しかったんだと思う。筆者の名前も、実際に捕まった魔術師の名前のアナグラムだった」


 それからレイさん達はジーニアの古い屋敷を訪ねたそうだ。そこがその罪人の家だったから。そして地下の隠し部屋を探し出して、魔法陣を発見した。

 正体不明の魔法陣が転送陣で、さらにルーズランドに繋がっていることは家に残っていた研究の内容から間違いないと踏んだようだ。島流しにされる前に脱出の手段を作っておいた、ということだろう。


「でも、なんでそれがセイン王国に繋がってるのよ。ジーニアのその隠し部屋に出るんじゃないの?」

「ちっちっち、甘いよランちゃ……じゃなかった、マイカちゃん。ここからが本題。セイン王国にある巨大転送陣は全ての転送陣に通じている。つまり、逆に言うと全ての転送陣から巨大転送陣に行ける筈なんだよ。理論的にはね。これが、王国が巨大転送陣の存在を口外したがらない理由の一つだと思う」

「なるほど……確かに、このレイとかいう女の言葉は理に適っているな」


 フオちゃんの口ぶりを聞いてやっと気付いた。そういえばこの三人、初対面じゃん。っていうか、普通に会話してるから気付かなかったけど、フオちゃんってジーニアの言葉と、ルクス地方の言葉分かるんだ……すご……。

 そんなことを考えながら、私はそれぞれを簡単に紹介すると、フオちゃんは目を丸くして驚いた。


「こんなのが巫女……世界って広いんだな」

「どういう意味?」

「クロちゃん、その木槌と藁人形しまって」

「まーまー、あたしらが巫女っぽくないのは事実じゃん?」

「巫女っぽくないのはレイだけ」

「えー?」


 二人のやりとりをちょっと懐かしく感じつつ、私は話を戻した。


「つまり、その理論とやらを完成させてくれて、これからセイン王国に出るってことなんだよね?」

「あー、それは違う」

「へ?」


 レイさんはあっけらかんと言ってのけた。完成なんてしてない、と。ちょっと意味が分からない。そして何故かクロちゃんは誇らしげにしている。ドツいたろか。


「あたしらが完成させたのは、転送陣から転送陣に移動する間に亜空間を経由する方法だけ。多分いけるでしょって考えはあるけど。ま、やってみないと分かんないねー。こればっかりは」

「出来なかったらどうなるのよ」

「下手したら死ぬまでここに取り残されるね」

「冗談じゃないわよ!」


 私の体のまま、マイカちゃんがレイさんに掴みかかる。まぁまぁと簡単に引き剥がすと、自分とマイカちゃんの力の差に、ひっそりと愕然とした。


「というわけで、フオちゃんだっけ。早速で悪いけど、力を貸して」

「……いいけど、どうすんだよ」

「この方法は巫女が三人揃ってないと無理なんだよ。要するに柱の巫女であるあたしらが力を合わせれば、この中から残り一つの柱の方角くらいは分かるんじゃない? ってコト」

「この中って……?」


 私は改めて周囲を見渡す。まさか、この光が全て転送陣の反応だと言うのか。世界中にある転送陣から、たった一つの正解を導き出す、と。そんなこと、本当に出来るのだろうか。光の大きさはどれも均一だ。巨大転送陣なんだから一際強く光っていてくれててもいいのに……。


「ランちゃんが何を考えてるのかはなんとなく分かるけど、この光景はあくまで出口の存在を指し示すもので、強さまでは再現できなかったんだよ」

「再現って、まさかこの空間自体あんたが作ったものなの?」

「乱暴に言っちゃえばそうだね。亜空間に飛べただけでも万々歳だよ。とりあえずやってみようよ」


 これから死ぬかもしれないっていうのに、レイさんは相変わらずだ。今はその気楽さにちょっと救われ……いや、やっぱこの人ちょっと頭おかしいな……。



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