二人の勇者と一つの心

第235話

 化け物はマイカちゃんの家に向かって、容赦なく火を吹いた。やめなさいなんて言ってるけど、マイカちゃんは燃える屋根から目を離せないでいる。普段の彼女なら有無を言わさず殴りかかっていただろうけど、目の前の光景に脚が固まっているようだ。無理もない。


 私は化け物を止めようと、懸命に剣を振るった。体から生えているパーツに阻まれて、無駄だって分かってるのに。炎を止めるくらいならもしかしたら、なんて思っちゃって、色々な属性を付与して太刀を浴びせる。私が剣を振るう度にぐちゃぐちゃと肉が千切れたり潰れる音がするけど、本体にダメージを与えることはできない。

 大きな魔法を使えれば違ったのかもしれない。でも、そうするとすぐ近くにいるマイカちゃんとクーが危ない。


「てめぇ……!」


 少し離れたところからフオちゃんの唸るような声が聞こえた。彼女の腕の中で、目を覚ましたばかりであろうニールの首が動く。その目は、ごうごうと燃えるマイカちゃんの実家を見つめている。


 だめだ。ニール。

 いま能力を使えば、ニールは……!


「こぉんのっ!!」


 私は、伝説の剣の魔力を引き出した。ありったけ、全部。欠片も残さないように。指先が魔力のオーラだけでびりびりして、とんでもないものを引き出してしまったんだって思った。だけど、止まらない。それらを全て氷属性に変換して剣に込めると、フルスイングして手を放した。

 怒りに任せた行為だったのに、真っ直ぐに炎の中、マイカちゃんの家へと消えていった。感覚で分かる。頼んでもないのに、風の精霊が手伝ってくれた。


 剣が壁や燃え残った屋根に遮られて見えなくなった一瞬あと。マッチの火を消すように、いとも簡単に燃え盛っていた炎が消えていった。冷気がこちらにまで漂ってくる。

 彼女の家はもちろん、延焼していた他の民家の火も落ち着いていく。狙っていた通りの効果を得ることができて、私はほっと胸を撫で下ろしていた。

 剣に込められた魔力はまだまだあるはずだ。あの周辺はよほどのことがない限り、あれ以上燃えることは無いだろう。何度も同じ手を使って気を引かれてはたまったものじゃない。燃えるのは防げるというだけで、攻撃されたら普通に壊れちゃうんだけど。


 そんな手を使わせない、最終兵器が私にはあった。いや、最終手段って断言するのはまだ早いかも。そうなり得る可能性のある、とっておきが。


 化け物は、私がただの鎮火のために伝説の剣を投げたのがよほど信じられなかったらしい。はっと我に返ると、マイカちゃんに近付く私の姿に気付き、こちらに魔法を放ってきた。


「何をしようとしている!」


 何属性か分からない魔法。色々な何かがぐちゃぐちゃになって、いや、化け物の強大な力によって歪められてしまった力の結晶といった方がいいかもしれない、何か。

 直撃すれば大変なことになっていたかもしれないけど、気が込められた弾は、何かに当たって空中で弾け飛んだ。


「何……!?」

「レイ……!」


 魔力の気配を真っ先に感じ取ったのはクロちゃんだった。見えない光のバリア、レイさんの十八番だ。潜伏して支援してくれるなんて言ってたけど、こんなに早く手を借りることになるとは思わなかった。

 術者の位置が特定されてしまう前に、私は今度こそマイカちゃんにアレを渡した。さきほどレイさんから受け取った、腰に付いていた双剣を。


「え!?」

「いま気付いたの?」

「だって……」


 彼女の言わんとしていることは分かる。私はこの旅の途中、いつだってこれを腰からぶら下げていたから。馴染み過ぎて気付かなかったんだと思う。


「マイカちゃん。これ」

「……分かったわ」


 そうして私は、ベルトを外して彼女にようやくそれを手渡した。実を言うと、前みたいな効果が得られるかは分からない。双剣に宿る女神の力は、今や六人分だ。

 契約をした初期の女神がまだ宿っているから、おそらくは問題ないと思うけど、イチかバチかだったりする。

 こんなこと、説明している時間が無いし、予期せぬ何かが起こるかもしれないと伝えても、マイカちゃんが取る行動は変わらないだろうから。


「お前らァ……!!」


 化け物が咆哮しながら光の壁を殴っている。魔法をはじく性能は申し分ないけど、物理攻撃に弱いらしい。たった一撃でバリアには大きなヒビが入ってしまった。ただの一撃ではない。腕や肩周辺から生えている生き物のパーツを筋のように伸ばし、ギュッとまとめた極太の右腕による強烈な一打だ。次に攻撃されれば、きっとあれは崩れ落ちてしまう。


「いくわよ」

「うん」


 化け物が触手を伸ばすよりも早く、マイカちゃんは双剣を入れ替える。


 頭の中で声が響く。

 スローモーションのように時間が流れているのを感じた。


 あらあらという呑気な声はミラさんだろう。元から剣に宿っていたイフリーさんとヒョーカイさんは比較的落ち着いている。問題はその二人の姉妹だ。

 フレイさんとミストさんが、寒い暑いとブーブー文句を言っている。特にフレイさんはブチギレ寸前という様子でかなり怖い。同じ剣に宿るディアボロゥがどうどうと彼女を慰めている。


「……っ!」


 視界が入れ替わる。私は体の具合を確かめるよりも先に、伸びてきた腕を両腕で受け止めた。マイカちゃんの力だけじゃない、双剣に宿る女神が私に力を貸してくれたから、こんな芸当が可能になったんだ。


「!?」

「さっきはよくも私の実家に火をつけてくれたわね。今度はアンタが火ダルマになる番よ!」

「なっ、お前ら、また……!」


 私の姿をしたマイカちゃんがそう言ったことで、何が起こったのか理解したのだろう。化け物は腕を引くと、後ろに跳んで距離を取った。そうして睨み合う。


 これ以外の手立てなんて無い。

 正真正銘の、最後の戦いになる。


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