第10話
「寝たら少し楽になったわ」
マイカちゃんはベッドから身体を起こしてそう言った。顔色もかなり良くなったし、嘘ではないだろう。その様子にほっとしながら、今後の予定について伝える。
「それは良かった。出発は今日の深夜になったから」
「えぇ!?」
「ごめんね」
有無を言わせない私の目を見て、マイカちゃんは額を抑えてため息を吐く。
「……分かったわよ」
色々と言いたいことはあったろうに、その一切を飲み込んでついてきてくれるらしい。マイカちゃん、忘れてるだろうけど、船も乗り物なんだよね。大丈夫かな。でも駄々こねられたら面倒だから黙っとこ。
「そうと決まれば、服買いにいこっか」
私は彼女の手を引いて立たせる。なぜ服を買う必要があるか。それはもう、言うまでもないと思うんだけど、彼女の服がゲボフェスティバルだから。一応おかみさんに事情を説明したら洗ってもらえたけど、やっぱり替えの服は欲しいし。これから船に乗るし、もう不吉な予感しかしないっていうか。
適当に見繕ってきても良かったけど、マイカちゃんにピッタリなサイズも分かんないし、あと趣味もよく分かんないし。少しでも外したらファッションセンス皆無絶望ダサダサ女として未来永劫イジられそうでイヤ。
「あっちにそれっぽいお店があったから、行ってみようよ」
外に出て、予想通り強くなった日差しに手をかざしながら、広場の方を指差す。
買い物は一緒に行くことに意味があるんだ。お金だけ渡して好きなものを何着か買っておいで、って言えなくもないけど……。いつもフリフリのドレスを身に纏っているこの子にそんなことを言ったら、同じようなものばっかり買ってきそうな気がしてる。
戦闘の機会もそれなりにありそうな危険な旅だし、彼女にはもっと動きやすい服装を心がけて欲しかったりするのだ。
しばらく歩くと、そこには普通の洋服が並んでいた。確かこの先に防具屋があったはずだ。しかし、自分がガチめの防具を買い与えられそうになってるなんて予想だにしていない彼女は、通りに並んでいる可愛らしい洋服に目を奪われている。
だから私は彼女にそっと囁いた。
「もっとマイカちゃんに相応しい、とっておきを買ってあげるからね」
「ラン……!」
「ふふ、こっち。来て」
そう言って小走りで防具屋の前に立って振り返ると、顔面に膝が飛んで来た。
「んべ!」
「ふざっけんじゃないわよ! なんで私がこんな無骨な格好しなきゃいけないのよ! 怒るわよ!」
「これ以上怒るの!?」
「今はイライラしてるってレベル!」
「イライラで人の顔面に飛び膝蹴りは絶対にいけないと思うんだぁ」
私は鼻血を拭きながら立ち上がる。ぷんぷんと私を見上げるマイカちゃんは、いまだに納得がいかないという表情を浮かべて腕を組んでいた。
「まぁまぁ。これからも旅は続くし、いつモンスターに襲われるかなんて分かんないじゃん? 私は強引にマイカちゃんを連れて来ちゃったからさ、せめて安全に過ごしてほしいんだよ。駄目かな」
「……でも、可愛くない」
「大丈夫だよ、服が可愛くなくても」
「ランはそういうの興味なさそうだからいいかもしれないけど、私は!」
「その分、マイカちゃんが可愛いんだから」
「……っ」
頼む〜〜〜〜これ以上駄々こねないでそれなりに防御力あるものを身につけてくれ〜〜〜。お願いお願いお願い〜〜〜〜!
私の心はこんな思いで満ちていた。必死で紡いだ言葉がマイカちゃんに響いたようで、彼女は私の服の裾をきゅっと引っ張って、「分かった」と俯いた。
思わずガッツポーズをしそうになったけど、努めて平静を装って店に入る。ただ防具屋に入るだけなのに五分くらい無駄にしてしまったことについては忘れようと思う。
「これは?」
「本気で言ってる?」
私はこの店にある一番厳つい鎧を指差して勧めてみたけど、拳をパキって鳴らしながら殺気立った目で見られたから「うっそーん」と誤摩化すことしかできなかった。意地悪じゃないもん……マイカちゃんに怪我させたくなかったんだもん……どうせこんなの身につけても身軽に動けるんでしょ。私知ってるんだから。
結局マイカちゃんは鉄の胸当てと小手とブーツ、それと皮のドレスを買うことにした。鉄の胸当てならゲ、キラキラを少しガードできるかもしれない。金属だから洗いやすいし。ナイスチョイスだ。
それにしても、この期に及んでスカートを選べる彼女の女子力が少し憎い。あと、胸が大きすぎて、胸の出っ張りを少し打ち直してもらうことになったのは大分憎い。なんなの。
それから、私達はこまごまとしたものを買って、宿に戻ったのは丁度夕飯時だった。この街の特産だというウォーターステーキを頂きながら、マイカちゃんと雑談を交わす。
「胸当てはいいとして、マイカちゃんから小手やブーツが欲しいって言われたのは想定外だったな。私として防御力が上がるし、嬉しいんだけど」
「私が武器を扱えないのは知ってるでしょ」
「いや知らないよ」
「なんで知らないのよ。というか、街に住んでる普通の女の子が武器なんて扱える訳ないでしょ、バカじゃないの」
「街に住んでる普通の女の子は素手でモンスターしばいたりもしないでしょうが」
マチスさんの娘であることを考えるとかなり意外だったけど、どうにも武器の扱いが苦手らしい。まぁ、女の子はそんなことできなくてもいいと思うけど。マチスさんに色々触らせてもらっても、どれもしっくりこなかったんだとか。ちょっともったいないって思う。彼女ほどの身体能力を持つ人間に適性があれば、鬼に金棒なのに。
「でもさ、武器屋さんにだって、攻撃用の小手とかはあるんじゃない?」
「武器屋の物はあまり触りたくないの。どうせ装備するなら、お父さんのがいい」
それもそうか。私は妙に納得してしまって、これ以上その話をするのをやめた。それから他愛もない会話を続けて、気付くとテーブルの上には飲み物しか残っていなかった。
「結構美味しかったね、ウォーターステーキ」
「水を焼くなんて、一体どんな技術なのかしら」
「念の為言っとくけど、湖の植物をステーキにしてるだけだからね」
「知ってたし!!!!」
マイカちゃんは私の顔面におしぼりを投げつけて絶叫する。
断言してもいいけど、知らなかったでしょ。
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