第23話
鬱蒼とした森の中だけど、目指す白い光の柱のお陰で進行方向だけははっきりと分かる。森を抜けてから、右側に柱を見るようにして進めば、山の入口に辿り着ける予定なので、それまでは真っ直ぐアレを目指していて大丈夫だ。転ばないように足元に注意をしながら、たまに空を見上げて行先を確認しながら、私達は順調に進んでいた。
鳥の鳴き声や、風に揺れる新緑の音を聞きながら歩くのは、いつもと違った気分になる。ここがモンスターの居ない、人の手によって管理された森だったならさぞかし落ち着けたろうな、なんてことを考えていた。
私の頭の中の地図では、ようやく半分くらい進んだところだ。結構順調なペースだと思う。途中、何度かコボルトに遭遇したけど、夜のクロちゃんは無敵と言っていいほどの力を見せつけて私達を圧倒した。マイカちゃんですら出番がない展開にほっとするような、この子気まぐれに私を呪ったりしないかなと空恐ろしくなるような複雑な気持ちを抱えながら、獣道を進む。
いくら順調といえど、そろそろどこかで休まないと明日が辛い。少し拓けたところはないかと歩き続けて見つけたのは、小屋だった。
「こんなところに……」
「今日は泊めてもらえないかな」
「ベッドで寝れないのはイヤ」
とんでもないわがままを言ってるクロちゃんは置いといて、マイカちゃんの意見には私も賛成だ。周囲に人影は見当たらない。ノックをしても反応はないし、というか窓から見ても真っ暗だから、おそらくは不在なのだろう。
ちょっと迷ったけど、帰ってきたら謝ろうと決めてドアを押すと、鍵はかかっていなかった。もしかしたら無人の小屋なのかもしれない。
だけど、小屋の中はこぢんまりとしても、確かに生活感があって、テーブルの上にはオイルランプもあった。私は手持ちのマッチで火を点けて部屋の中を見渡す。やっぱりだれか住んでいる。
「本当に、明日謝ろうね」
「分かってるって。クロはベッドで寝るんでしょ? 私達はどうする?」
他に眠れそうなところといえば、ソファくらいしかない。私も今日は疲れたし、床で寝るのはちょっと嫌かな……でも、マイカちゃんに床で寝ろって言うのも悪いし。うぅん。
「私はソファで寝るから、マイカちゃんはクロちゃんと二人でベッドで寝てくれるかな」
「わかったわ」
「イヤ」
「は?」
既にベッドに包まっているクロちゃんと、振り返って眼光鋭く彼女を睨みつけるマイカちゃん。一触即発だ。特にマイカちゃんが。こわい。
「私はゆっくり広いベッドで寝たいの」
確かにあのベッド、やけに大きい。大人二人が寝れるようなサイズだ。あれを独り占めする気なんだ、クロちゃん……。対してソファはギリギリ一人が寝れるくらいのスペースだし……。
「床で寝、ないよね。うん、分かる。私が床で寝るね」
「何言ってんの? そんなところで寝たら体痛くするでしょ。大丈夫よ、クロなんてちょっと脅せば」
「年下に乱暴するって選択肢が自然と出てくるってやばいって」
私はマイカちゃんを引き止めると、壁に添うように置いてあった荷物を指差した。
「ほら、あれ枕にすればなんとか」
「ランはそこまでして私と寝たくないの!?」
「え?!」
いや……そういうわけじゃないけど……二人で寝るって、もうめちゃくちゃくっつかないと無理だし……あとマイカちゃん、多分自覚ないだろうけど死ぬほど寝相悪いから一緒に寝たら翌日体力回復してるどころか、瀕死の状態からスタートしそうだし……。
「イヤ、じゃないけど」
イヤだけど。
なんとなくそう言ったら可哀想だったから、私はごにょごにょとマイカちゃんの言うことを否定して靴を脱いだ。先に横になってソファで寝る意思を示してみる。すると、彼女は私に背を向けた状態で重なってきた。
「なんで縦!? 普通横に並ぶでしょ!」
「横に並んだら落ちちゃうじゃない! 私はソファの背もたれとランの間でむぎゅってなるのも、いつソファから落ちるか分からないスレスレの状態で寝るのもイヤ!」
「だから私は床で寝るって言ったじゃん!」
「うるさい。二人とも静かにして」
「誰のせいでこうなってると思ってんのよ!」
マイカちゃんは私の上でさっと身を捩ってベッドに向かって怒鳴りつける。ねぇ、痛い痛い。肘が私の鳩尾にめっちゃ刺さってる。説教しながら的確に私にダメージ与えてくるのやめて。
「マイカちゃ、いだ、苦し」
「ランもなんか言いなさいよ!」
「あの、私、床で寝るって」
「やだ!」
マイカちゃんは私の上でぐるっと体をひねると、今度はうつ伏せになった。首に回された腕だって今はどうでもいい。それよりも早く伝えなきゃいけないことがある。
「マイカちゃん、あのさ、とりあえず鉄の胸当て外さない?」
苦しい。死んじゃう。重くて大きくて固いものが私の胸部をズドンと圧迫しているんだから当然だ。とにかくすぐにこの馬鹿げた体勢をやめさせなくちゃ。どんどん呼吸が苦しくなってきた私は、最低限の言葉を紡いで彼女に意思を伝えようとした。
「なんで外せなんて言うのよ」
「固い……」
「……!」
私の言葉をどう解釈したのかは分からないけど、マイカちゃんは「ランのスケベ! ばか!」なんて言って、そのままハグする力が強くなる。スケベじゃなくて人間らしい環境で寝たいだけなんですけど……。
「や、ほんとに、ねぇ」
「そんなに胸当てがない状態で、胸を押し付けられて柔らかさを堪能したいの!?」
「何その解釈!?」
マイカちゃんの中で私がとんでもない変態になってる。その時、彼女がソファに手を付いて、私に覆い被さるような格好になる。圧迫するものが無くなった私は、ここぞとばかりに単純に痛くて苦しいという話を捲し立て、なんとか装備を外してもらうことに成功した。
彼女は「そういうことなら早く言いなさいよ」なんて顔を赤くして言ってる。言うことすらままならない状況だったし、分からないからってあんな誤解しないでしょ、普通……。
胸当ては、先ほど外したのであろう小手やブーツの上に重ねられたらしい。がしゃんという、そこそこ重厚感のある音が少し離れたところから聞こえてくる。本当に怪力なんだよな、マイカちゃん……。
私の腰の上にまたがるような格好になっていた彼女だったけど、胸当てを手放すと、再び私の首に抱きついてきた。いやだからさ、胸当て外してくれたから大分マシになったけどさ、そもそもこの体勢で寝るのおかしくない? お互いに。
何をするつもりなのかと体を強張らせたけど、何もない。それどころか、しばらくするとすぅすぅと寝息を立て始めた。え? 人類ってこんな無茶な体勢で寝れるものだっけ?
「え……嘘でしょ? 寝たの? この姿勢で?」
旅に出て一ヶ月足らずで訪れた明確な危機だった。まさか仲間を布団にして寝る夜が来るとは……。
「……やっわらか」
こんな状況、こんな体勢ですら柔らかいことが分かる彼女の胸がちょっと憎い。私は色んな苦しさに耐えながら、なんとか睡魔の尻尾を掴もうと足掻き続けた。
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