第22話
木の根を手足としているらしいモンスターは、それを巧みにしならせて私達を捉えようとしていた。私はこれまであまり使わないようにしてきた炎の剣で、飛んできた根っこを受ける。自分から斬りつけた訳じゃないのに、その威力は凄まじかった。
触れた瞬間炎上した根っこは、燃えカスとなってすぐに消えた。おそらくは炎の威力が強すぎるんだ。本体まで炎が届けばと思ったけど、どうにもままならない。
マイカちゃんは高く跳躍して自分への攻撃と、クロちゃんを襲う根っこもまとめて叩き落としている。クロちゃんもマイカちゃんの強さに驚いているようだ。わかるよ、びびるよね。
ガーゴイル達はいつの間にか二匹まで減っていた。惨たらしい殺し方をされたんだろうなぁ、ちょっと可哀想。そして二匹の内、一匹は苦しそうな声をあげて地面をのたうち回っている。あれもそろそろだろう。
私は炎の剣で本体に触れるため、モンスターに向かって駆け出した。しかし根っこを横に薙ぎ払われて思うように近づけない。後ろから「何やってんのよ!」というマイカちゃんのゲキが飛ぶ。彼女も今回ばかりは分が悪いと見ているようで、私にトドメを刺させようとしているようだ。
その時、最後のガーゴイルが私の前に飛び出した。悶え苦しみながら羽をばたつかせてたまたまここに来てしまった、という様子だ。
私はそのチャンスを見逃さなかった。喉を抑えてギャッギャと喚くガーゴイルがこちらに背を見せた瞬間、奴の背中を踏み台にすべく動き出した。ガーゴイルのことはクロちゃんに任せた。背中を預けるつもりで、思い切り大木へと踏み切る。
私を叩き落とそうと空に伸ばされた根っこは、マイカちゃんが回し蹴りでクリアする。そうして着地と同時に、切り株の平らなところに炎の剣を突き立てて、剣を手放して上から飛び退いた。
声も上げずに燃えていくモンスターを私達は見つめる。そうしてモンスターが真っ黒の消し炭になったのを確認すると、私はその中心に落ちている剣を拾って鞘に戻した。
「なんとかやったわね」
「うん、よかった。二人とも、怪我はない?」
「大丈夫」
クロちゃんはそう言って武器をマントの中にしゅっしゅっとしまっている。ちらりと見える体には肩から腰にかけて太いベルトが巻かれていて、そこに藁人形やら木槌やらをしまっているようだ。普通は銃剣士とかが魔法の詰まったカートリッジを挿す用のベルトだと思うんだけど、すごい使い方もあったものだ。
私達は再び森を目指して歩き始めた。戦闘に勝利した高揚感も手伝って、雑談は心なしか華やいでいた。
「クロちゃんの魔法は、一応詠唱式、でいいのかな?」
「さぁ。わからない」
魔法を使うには二種類の方法があって、マイカちゃんがやろうとしてことごとく失敗している詠唱式と、呪文式とがある。中には両方を組み合わせる人もいる。一長一短だから上級の魔導師は大体両方を履修しているとか。私は念じるだけで女神や精霊に呼びかけることのできる、わりと珍しいタイプだったりする。まぁ例外っていことで。
要するに詠唱を簡略化したものが呪文式で、広く使用されているけど、発現する効果は良くも悪くも均一。上級の魔導師は大概詠唱式を取るけど、こっちはなかなかお目にかかれない。できる人が数少ないっていうのと、そんな魔導師が本気出して詠唱をしなければいけない危機的状況に陥る状況って、もう大規模な掃討作戦とかだけだし。
私は恥ずかしくて詠唱はできない。あと語彙がない。あれには独特のセンスが必要になると思うんだよね。こんな言い方もどうかと思うけど、私は生まれ持った素質だけで生きてきたような人間だ。
いろいろな術者が私の才能に目をつけて、詠唱を身に着けさせようとしたけど、「あ、無理かも」って離れていった。ホント、こんなことになるくらいなら、少し勉強しておけばよかった。勉強したからといって身に付くかは分からないけどさ。
「おそらくクロのそれは詠唱式よ。呪いあれなんて呪文、ないでしょ」
「まぁ聞いたことないけど。クロちゃんはどこでそれを習ったの?」
「代々我が家に伝わっている」
「すごい家だね」
さすが黒の巫女というべきか。雑談をしていると、森が見えてきた。この森はかなり深い。普通ならこの辺でキャンプして、翌朝から入るのが正攻法だろう。だけど、私達は先を急いでいる。それも命がかかっているのだ。
「このまま森に入ろうと思うんだけど、いいかな」
「最初からそのつもりだったわよ」
「クロちゃんは? 夜に森の中でモンスターに遭遇すると何かと厄介だから、怖いならここでキャンプにするよ。無理強いはできないしね」
急いでいるとはいえ、みんなが納得していない状況では先には進めない。この先は危険が盛りだくさんなんだから。夜の森が不穏だと思うのは万国共通の認識だろう。だけど、クロちゃんはほくそ笑みながら呟いた。
「夜は常闇。そこで力が強まるのは、何も魔物だけじゃない」
この子マジで魔族なんかじゃないかなという疑問を飲み込んで、私達は森へと入ることに決めた。
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