白の柱へ

第21話

 私達は夜更けに村を出た。見送りはタクトだけだ。アホっぽくて軽卒なヤツだったけど、思っていた以上にまともで思慮深くて優しくて働き者だった。振り返ってみれば、タクトってめちゃくちゃいい男じゃん。


 村を離れて数時間経った頃にそんなことに気付くと、それを大発見かのようにマイカちゃんに伝える。マイカちゃんは顎に手を当てて唸っている。クロちゃんはきょとんとした表情を浮かべて言った。


「ランがタクトをそんな風に思ってたのは意外だけど、タクトは既婚者。宿のご飯作ってくれてる人が、タクトの奥さん」

「あれお母さんじゃないの!?」


 そうだったんだ……なんか、失礼な反応しちゃったな……。そして私の反応を見て、マイカちゃんは首を傾げる。


「まぁそれを抜きにしても、ピンとこないっていうか。ランってああいうのが好きなの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど」


 眼前に広がる草原をざくざくと音を立てて歩く。私は色恋にはかなり疎い方だったけど、マイカちゃんならあるいは、と思って聞いたんだけど。

 というかマイカちゃんって彼氏とかいたことないんだろうか。マチスさんからそういう話を聞いたことはなかったけど、何気に娘に甘い人だし、そんなの聞いたらハンマー持って家まで押しかけそう。マチスさんには内緒にしてたのかな。


「マイカちゃんって彼氏いないの?」

「いたらこんな旅に付き合わないわよ」


 そりゃそうだ。私は内心ほっとしていた。祭りで婚約を発表する予定だったとか言われたら本当に連れ出したことが大罪になるしね。


 明け方の空の下、クロちゃんが振り返ってため息をつく。私もつられて振り向いて見るけど、そこには何もない空が広がっていた。そう、何もない。


「柱、あったんだよね」

「うん。私達が消しちゃったけど」

「今頃、世界中で騒ぎになってるでしょうね」

「頭が痛くなるから言わないで」


 ハロルドからは見えなかったけど、ここからは微かに白い柱が見えている。黒いのと見比べると随分と見にくいけど。夜になったらいい道標になってくれそうだ。遠くまで来てしまったんだな、なんて今更なことを思い知る。


 急がなきゃ。クロちゃんはそう言ってたっと走り出した。もちろん私達は歩いてその後をついていく。まだまだ先は長いんだから。多少走ったところでどうにかなるもんじゃない。

 クロちゃんは私達とお揃いのマントを身につけていた。おそらく、このマントはクロちゃんの家系の誰かが闇の祝福を付与したものだろう。黒の柱の巫女の血筋であれば、その程度できる人が居ても不自然じゃない。

 それにしても、クロちゃんって、あんなに体格良かったっけ。いや、絶対おかしいよね。マントの中に、一体何が入っているの? 私はクロちゃんを引き止めて、振り返って手を広げさせる。そして絶句した。


「その腰につけてるのは?」

「木槌。適当な木に藁人形を押し当てて、釘を叩く時に使う。槌はランも見覚えがあるのでは?」

「私のハンマーは武具を加工するために使うから釘は叩かないかな」


 わざわざ旅に持ってきたところを見ると、彼女にとって重要な物なんだろうな。出来れば置いてって欲しいんだけど。

 彼女になんて声をかけようか迷っていると、地面が突然揺れた。転ばないようにわたわたしていると、すぐ近くの土が盛り上がる。そこから巨大な木の根が生えてきて、鞭のように私達を襲った。


「っぶな!」


 私は体を捻って躱す。マイカちゃんは小手でガードしつつ叩き落としたようだ。着地して体勢を立て直していると、大木の切り株のようなモンスターが私達の行く手を阻んでいた。


 双剣を腰から抜いて、さっと構える。マイカちゃんはファイティングポーズを、クロちゃんは藁人形と木槌を取り出した。いやしまって。それはしまって。


 クロちゃんにストップをかけようにも、下手に動くと危険だ。もう彼女の行動についてはスルーするしかない。

 大木のモンスターに気を取られていると、空からも援軍が現れた。あれはガーゴイルだ。世界中のどこにでも湧くモンスターで、たまーにハロルドの街にも出ていた。居合わせた騎士団や冒険者達によって仕留められていたから、自分で戦ったことはないけど。

 彼らもそれなりに苦戦していた記憶がある。そんな魔物を相手に私達がどれだけやれるのか。群で現れたガーゴイルは五匹。頭上からこちらに飛びかかろうとしている。空を飛ぶモンスターから見ると、私達はいいカモだったろう。今更そんなことに気付いても遅いかもしれないけど。


 迎え撃とうと剣を構えた直後、一匹のガーゴイルが突然苦しみ出した。喉を抑えて、空中でジタバタと暴れている。まさかと思ってクロちゃんを見ると、彼女は地面に藁人形を置いて、木槌でカンカンと釘を叩きながら「呪いあれ呪いあれ!」と呟いている。


「それは魔王軍の呪術部隊がすることだよね」


 私の制止の声は届かない。何はともあれ、敵が減った。苦しんでいたガーゴイルはそのまま黒い霧になって消えたのだ。ガーゴイルは下級とはいえ魔族の直系モンスターだったと思うから、そのガーゴイルを闇属性の魔法で消すって、かなり強い闇の力が必要になる筈なんだけど。方法は置いといて、クロちゃんはそれをやってのけた。やっぱりあれを取り上げるのは無しのようだ。

 空を飛ぶヤツは彼女に任せるとして、私とマイカちゃんは大木のモンスターを見つめてそれぞれ構えた。

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