第20話

 私達はタクトに協力してもらって、こっそりクロちゃんをご両親と引き合わせた。使用されていない客室で親子水入らずで過ごしてもらうこと数時間、互いの無事を確認し合って一安心できたようだ。

 私もマイカちゃんも、できるだけ村人の目につかないように早朝に塔に入るようにしたので、帰ってきてからはしばらくぐっすりと寝ていた。闇の最上位女神に呼び掛けるだなんて荒技をやってのけたからか、私は事切れたように眠っていたらしい。目覚めた今も結構疲れが残ってる感じがする。


「あー……よく寝た」

「村はすごい騒ぎだっていうのに、お前達は随分とのんきだなー」

「やっぱ騒ぎになってるんだ」


 タクトは荷台に載せたご飯をお部屋のテーブルに並べながら、こちらを見つめて目を細めていた。

 まぁ伝説の四大柱の内一つが突然消えたのだから、それはそれは大きなニュースになるだろう。周囲の街から隔絶されていたハロルドの住人である私だって、アクエリアで読んだ新聞から、その話題性は理解しているつもりだ。

 下手な騒ぎを避けるため、私達とクロちゃん達の部屋だけ、特別にお部屋食にしてくれたらしい。ご飯を運んできてもらえるのは楽でいいね。それに偉くなった気がしてちょっと楽しい。


「ラン、マイカ」

「お前達。これ食ったら、行くんだろ」


 タクトは初めて見せる真剣な表情で、私達に言った。そりゃそれなりに心配だよね。女二人だし、追手は勇者だし。


「よく分かったね。私達はクロちゃんを連れて、白の柱があるキリンジ国に向かおうと思ってる」


 私のこの発言を聞いて、驚いたのはタクトとマイカちゃんだ。そう、彼女までもが一緒に驚いた。無理もないことなんだけど。


「なんでよ! こっからなら青の柱があるブルーブルーフォレストの方が近いでしょ! 距離が倍くらい違うわよ!?」

「うん。だからだよ」


 タクトによそってもらったシチューを体に流しながら、私は穏やかに返事をした。もう今更慌ててもしょうがないっていうか。極限状態なんだから、せめて食事くらいゆっくりしてこって感じ。


「私達が急いでこの場から離れないといけないのは分かるよね」

「当然よ。柱が消えたら勇者達は様子を見にやってくるハズだわ」

「スピードを考えたら、私達は絶対に青の柱へと向かわなくちゃいけないと思う」

「そうよ、だからそう言ってるでしょ」

「落ち着いてよ。もうスピードなんて考える必要ないんだよ。剣を抜く為には四大柱全ての封印解除が条件なんだから。鍵であるクロちゃんを連れ去っている私達が気付かない間に封印が解かれてるなんてないし」

「むっ……確かにね」

「それに、近いところへと向かう、と見せかけて少し遠くから攻めて撹乱してみる方が、勇者に捕まる確率は低いと思わない?」


 要するに私が言いたいのは戦略的ヘタレ戦法というか。とにかく、今はそれ以外何も思いつかないし、クロちゃんを連れて歩く訳だし、絶対に勇者には見つかりたくないのだ。


「俺、思ったんだけど、別に柱の封印をし直す必要はないんじゃないか?」

「なんでよ」

「な、なんでよって……。お祭りまでの時間を凌げばいいんだろ? クロを連れて、柱とは関係のない地域に逃げるのはどうだ?」

「でも、もし捕まってしまえば多分私達は殺されるし、普通に剣を抜くのが来年のお祭りに先延ばしになるだけだよ」


 さらっと自分達が殺されるなんて話をしちゃって、自分でもびっくりした。でも、間違ったことは言ってない。

 横を見ると、マイカちゃんは青ざめた顔でいた。だけど食事の進みは超人的で、手と口だけがてきぱきと動いている。この人絶対私の話まともに聞いてないでしょ。


「深夜になって村が静まったら、クロは両親と一旦家に戻る。荷物をまとめて準備ができたら俺が二人を呼びにくるから。時間は、そうだな。おそらく日付が変わる頃だと思う」


 そう言って食事が終わった食器をさっとどかして、タクトはそこに地図を広げた。


「お前達が目指す白い柱はこの草原を抜けて、森を越えて、山間部の関所を越えたところにある。山の入口が国境だ。つまりお前達がいま用意すべきものは、分かるな?」


 私はそのルートをぼんやりと頭でイメージしてたけど、マイカちゃんは私に付いてくるばかりで、なんとなく察してたけど、方向音痴のようだ。タクトが指先で辿るルートを見ながら「んー」なんて、興味無さげに相づちを打っている。

 いいんだけどね、道中の戦闘じゃ私全然役に立たないし。むしろこういうところで役に立たないと本当に「もうマイカちゃん一人に行ってもらえば?」って感じだし。彼女は答える気がないみたいだから、私がタクトの問いに答えるとする。


「防寒着、でしょ?」

「そうだ。これ」


 タクトは荷台の下から二着のマントを取り出した。見たところ、厚手でかなり丈夫そうだ。黒っぽい色もなんかかっこ良くていいな。


「クロの母さん達、二人にすげー感謝してたよ。これ渡してくれって。俺はてっきりブルーブルーフォレストの方を目指すとばかり思ってたんだけど、このマントは寒いところでも役に立つらしいから、使ってやってくれ」


 手渡されたマントに触れると、すぐに分かった。これは精霊の祝福を受けた上等なものだ。女神とまではいかないけど、おそらくかなり上位の精霊の加護がついている。これ一枚売るだけで、アクエリアの高いホテルで一ヶ月くらい暮らせるくらいの価値はあると思う。


「これからもクロを頼むってさ」

「わかった」


 そうして私達は旅立ちに備えて支度を整えることにした。

 来るかどうか心配だったけど、夜中にノックの音が鳴って安心した。

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