第219話

 長老は、この街の人が死ぬという事実を肯定してしまったことに、やっと気付いたらしい。勇者に口止めされて、ハッと我に返っていた。だけどもう遅い。この場にいる大勢が、今の発言を耳にしたんだから。

 しんと静まりかえる街を見渡すと、勇者は軽く額を押さえ、小さく舌打ちをした。舌打ちだけじゃない、気味が悪くなるほど纏っていた善人そうなオーラが消えていく。彼もまた、ここからどうにか誤摩化そうとすることを諦めたらしい。

 取り返しが付かない発言をしてしまったと判断したのか、長老は細く長いため息を付くと言った。


「ランの言うことは事実じゃ」


 改めて肯定された事実に、みんな動揺している。中には冗談を言うのはやめろと、強張った顔で笑う人もいた。

 そして私は長老の家の前で、たまたま話を聞いてしまった時のことを思い出す。私も、にわかには信じられなかった。盗み聞きするようなシチュエーションだったから、嘘をついてるとまでは思わなかったけど。


 長老の言葉を聞いた勇者は据わった目で、口元だけで笑いながら言った。私にはあの表情が不気味に見えるけど、みんなはどう感じているのだろうか。


「くっ……いいでしょう。僕は確かに、あなた方を犠牲に剣を抜こうとしました。申し訳ないですが、それが僕の使命だったので。ただ、あらかじめ許可は頂きました。それは長老が証言してくれるでしょう」

「ほ、本当か! 長老!」


 数人の男達が、勇者の言葉尻に被せるように、長老へと声を投げかけた。どの声に反応すればいいのか、彼も迷っているようだ。だから私は声を張った。よく通る声を心がけ、一人でも多くの街の人に、この会話が聞こえればいいなんて思いながら。


「教えてあげなよ、長老! 時代の礎とやらに、どうやってなるのか!」


 それから、彼はありのままを話した。四つの柱の封印と、ハロルドの剣にまつわる伝説の裏側を。長老が話し終えると、私は付け足すように言った。祭りの直前に、台座を修理すると言って足場を組んだままいなくなったのは私だと。

 ちらりと見ると、剣の周辺にこんもりと塗ったコンクリートが、今は綺麗に取り払われている。誰がやってくれたのかは分からないけど、多分すごい大変だったろうな。撤去するときのことなんて一切考えずに作業したし。


 台座への行いは褒められたものではないが、私が勇者の邪魔をした理由としては辻褄が合っている。

 先ほどとはまた別の種類のどよめきが起こり、それが徐々に大きくなる。どちらの味方をすればいいのか、街の人間は困惑しているようだ。私以外ないでしょって、思っちゃうんだけど。勇者の肩を持つって、つまりこの街の崩壊と共に死ぬのを受け入れるってことだし。みんな、冷静さを失っているのかもしれない。

 視線に晒されながら群衆を眺めていると、誰かが私に言った。大声で。


「だけどランは巫女を殺したんだろう!? そこまですることなかったろうに!」

「馬鹿だなぁ! 殺さなきゃ終わらない! また巫女を使って封印を解かれたら!? そうしたらどうするの!?」


 私は瞬時に反応してみせる。あまり得意ではないけど、ここは演じきらないと一気に立場が悪くなる。せっかく長老がポカをやらかしてくれたんだから。

 答えを聞いたおじさんはそれ以上私に追求することはなかった。おぞましいものを見るような目で私を見ていた人達の視線が、今度は徐々に長老へと注がれる。理由は簡単だ。街ごと滅ぶと知った上で、勇者に許可を出したから。

 私も長老の考え方は好かない。だけど、これがこの街の長に受け継がれてきた心構えなんだ、ということはなんとなく分かる。私達、街の人が大切じゃなかったんじゃない。彼にとって、掟がそれ以上に大切だっただけ。


 とはいえ、全くムカつかないほど私も出来た人間ではないので、この騒ぎを少し利用させてもらうことにする。門番達の拘束はとっくに解かれていた。私とマイカちゃんを拘束するのは、腰のところで縛られた縄だけ。

 誰かが長老に石を投げ出してもおかしくない。そんな気配を察知したのだろうか、門番達の意識がそちらへと逸れていくのが分かった。隙を見て、私は少しずつ台座へと移動する。


 あいつらのことだから、こんなタイミングでも私達から一切目を離さないんだろうなって思ってたのに。三人は何かの打ち合わせをしているようだ。会話内容は聞こえないけど、談笑しているようには見えないから、きっとろくなことではないだろう。

 視線を気取られるべきではないと思ったから、さり気なく視線を動かすと、また少し台座との距離を縮める。マイカちゃんは私と同じように動いてくれた。こういうの、以心伝心とかツーカーって言うんだっけ。言ってるのに伝わらないこともあれば、言わないのに分かってもらえることもあるなんて、マイカちゃんってやっぱりマイカちゃんだ。


 勇者が動いた気配を感じて、私は視線をそちらに向ける。彼は一歩踏み出し、私に何か言おうとした直前で真横を、長老を囲んで文句を言う街の人に言った。というか怒鳴った。


「うるさい! 静かにするんだ!」


 ただ事ではない勇者の剣幕に、喧噪がぱったりと止む。みんな、勇者の豹変ぶりに怯えている。だけど、彼にとって、聴衆の視線なんてきっとどうでもいいのだろう。やっと静かになったと言わんばかりに私を見た。


「巫女の死体はどこにある」


 私は、勇者の最低さに言葉を失った。

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