第218話
後ろ手に縛られ、門番にがっちりと両脇を固められる私達と、頼もしい仲間を従えて対峙する勇者。どちらがまともに見えるかなんて言うまでもない。だけど、私は勝機を探し続けた。
とはいえ、冷静でいられないのもまた事実。私は、「どうしてここに……」と零していた。
「ここで待っていれば絶対戻ってくると思ったからね」
勇者は余裕に満ちた笑みを浮かべる。この会話の最中も一人、また一人と街の人が集まっていく。たまに、私やマイカちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえる。だけど、誰も庇ってくれなかった。みんなの反応は、昨日今日私達が封印者だと知らされた感じじゃない。
どのタイミングかは分からないけど、きっと勇者達は少なくとも一度、この街を訪れているんだ。そして、その時点で私達をお尋ね者として周知したのだろう。それなら彼らの反応も納得がいく。
「全く。本当に手間をかけさせてくれるね」
「どうしたしまして」
私は勇者を睨み付けながら言った。その間も、考えることは止めない。隣にいるマイカちゃんが、キレて門番達をぶっ飛ばしたりしないかと、気を配りながら記憶を辿る。
いつだ、いつ。おそらく、黒の柱を封印したときは、まだ私達の仕業だと知られていなかったはず。それから白の柱も封印して……赤の柱で、初めて剣を交えた。あのとき、勇者はなんて言ってた。……そうだ、柱の封印をしているね、と言った。
勇者達の動きは分からないけど、もし、白と黒の柱を封印された時点で現地に向かっていたら。私達の
ここまで考えると、私は思考を切り替えることにした。旅の途中、どこで勇者にバレたなんて考えるのも無駄なほど、私達は色々やらかしている。そして勇者は種を蒔いた。転送陣で移動し放題の彼らだ。定期的にハロルドに向かい、私達の様子を探ると共に、街の人の心を掌握することは容易かっただろう。
何が言いたいって、つまり、この状況で私達の味方なんて居ないってこと。マチスさん達は信じてくれているかもしれないけど。どちらかと言うと、私達を悪く言う街の人と衝突したり、マイカちゃんの両親ということで酷い扱いを受けていないかが気がかりだ。
マイカちゃんだけでもこの誤解から救いたい。それはマイカちゃんのためでもあるし、マチスさん達のためでもある。
「君達が封印者だということは街の皆も知っている。もう言い逃れはできないよ」
「ふふふ……ははは……」
私はくつくつと笑った。
門番の目に動揺が走る。勇者も怪訝そうに眉を顰めている。
私が残虐の限りを尽くしたと言われているなら、それでいい。私がどう思われようと、どうだっていいんだ。最初に決めたじゃん。何があってもこの街を守るって。
後から到着する巫女達に無実を証明してもらう? いや、このままじゃ巫女が現れても偽物だと言われて終わる。そうすれば、今度は彼女達まで攻撃の的になってしまうかもしれない。それに、この様子だと彼らは巫女を探すことを、まだ諦めていないはずだ。
だったら。
やることはシンプルかつ、簡単だ。
ランはすぐ自分を犠牲にする。マイカちゃんに言われたことが脳裏を過る。きっとまた怒られる。だけど、止めないで欲しい。その先にある何かを、マイカちゃんにはどうか信じて欲しい。
「あはは! バレちゃ仕方ない。巫女を取り返したいんでしょ? 勇者さん」
演技で笑っているつもりだけど、実際結構面白い状況だと思っている。そのせいか、違和感なく悪者として受け入れられたようだ。空気が張りつめていくのが分かる。だから私は続けた。
「あの子達なら殺したよ!」
息を飲む声がする。すぐ後ろで聞こえた悲鳴が遠退いていく。街の人はみんな私の言うことを信じていた。目の前にいる勇者一行以外は。
彼らは私達がそんなことをするかどうか、まだ見極められないのだろう。だから、私は勇者一行をも騙す必要があった。
「泣きながら命乞いした子もいた! だけど殺した!」
「それは、本当かい?」
「流石にそこまではしないと思った!? 私は、この街を、ハロルドを崩壊から守る為ならなんだってするんだよ! マイカちゃんだって利用させてもらったしね!」
そう言い切ってみせると、勇者達の表情が少し変わった。巫女を殺したという発言に信憑性を感じたのか、ハロルドが崩壊するという事実を街の人に知られたことによる変化なのかは分からないけど。
今にも吠え出しそうなマイカちゃんだったけど、この展開を見ると、もう少し見守ってもいいと思ってくれたらしく、冷静さを取り戻しつつあるようだ。
私の言葉を聞いた門番は、目を丸くして、「崩壊……?」と呟く。私を押さえる力が少し弱まったことを感じながら、声を張った。
「知らないで勇者の肩を持っていたんだ!? 馬鹿だなぁ! この街はね、
「あの子の言うことに惑わされないで下さい」
勇者は間髪入れずに私の言葉を遮った。正義は勝つだなんて言ってた時と比べると、随分と余裕がなくなっているように見える。だけどそれも当然だ。勇者としては真実を知られて、この街に住まう人が減るのは惜しいだろうから。
手応えを感じ、続けて言葉を発しようとしたところで、遠くから人影が見えた。あれは、長老だ。杖をついてゆっくりとこちらに歩み寄ってはいるが、凄まじい怒りのオーラが溢れ出ていた。
「ラン! お前は、この街の人間としての誇りを失ったのか!」
「長老さん、黙ってください」
「長老! この街の人間としての誇りって何!? ここで死ぬこと!?」
「死ぬのではない! 時代の礎になるのだ!」
あーあ、言っちゃった。
長老、バカじゃん。
でも、バカで助かった。本当に。
私は笑い出すのを堪えて勇者を盗み見た。彼は、ポーカーフェイスを崩して苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。
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