第6話

 まだモンスターの姿は確認できないけど、用心の為に臨戦態勢になると、ゆっくりとマイカちゃんの近くまで移動する。


「……出たの?」

「お通じみたいな言い方しないでよ。あとまだ分かんないよ」


 声を潜めて問うマイカちゃんは、武器も持たずにファイティングポーズをしている。素手は無理でしょ。どんだけ手練なの。

 彼女が無理をする前に背中で庇うようにして、気配がした方を向く。かちゃりと岩が転がる音が聞こえてからは、あっという間だった。


「やっばい」


 岩陰から姿を現したのはゾンビキマイラだった。はっきり言って一番会いたくなかったモンスター。

 私には戦闘経験なんてないけど、ハロルドに辿りついた冒険者達は口を揃えて言うのだ。あいつらはヤバい、と。


 獅子のようなたてがみを持ち、体はつぎはぎのように様々な模様が混じっている。腐って大体が色を失っているけど、かろうじて尻尾が蛇であることだけは分かった。

 あと腐ってるからめっちゃ臭い。なんでこれが近付いてきたのに気付かなかったのってレベルで臭い。


 モンスターは地を蹴ると、真っ直ぐこちらへと突進するように走って来た。速いけど、対応できないようなスピードではなさそうだ。

 私の武器は長さはないが、その分かなり軽い。最低限の動きで躱しながら、右手の炎の剣を横に薙ぐ。


「はっ……!」


 うん、当たらなかったね。


 私は何事も無かったかのように剣を構え直して、次に備える。しかし、横にいたマイカちゃんはそれが気に食わなかったみたいだ。


「当たってないっての! もう! 魔法で戦いなさいよ! 使えるんでしょ!?」

「はぁ!? 発展途上なだけだし!」

「ここで死んだら発展も何もないでしょうが! もういい! 私に任せて!」


 マイカちゃんは手を前に翳すと、詠唱を始めた。なんかよく分かんないけど、大地の精霊に呼びかけている。これはまずい。私は彼女を押し退けて、モンスターへと駆けた。この行動が最適だと思ったわけじゃない、彼女の代わりに前に出るにはそうするしかなかっただけだ。


「あっ!」


 途中で石につまづき、体が宙に舞う。左手に握っている双剣がギリギリでゾンビキマイラの脚に当たりそうだ。

 ただ転ぶよりもマシだろう。私は咄嗟に腕を伸ばして、氷の剣をモンスターの脚に当てた。体に傷が付いたとしても、かすり傷とも言えないようなものだろうけど。悪あがきのつもりだった。


「えぶっ」

「グオ……?」


 無様に顎から着地した私は、体勢を立て直そうと岩肌を掴むみたいにして手を付いた。しかし、モンスターの様子が明らかにおかしい。

 切っ先が触れた箇所から、ぶわっと氷が広がる。私が立ち上がるよりも先に、ゾンビキマイラの全身が氷漬けになってしまった。


「え……すご……」

「派手に無様に転んだだけだと思ったのに、それも全て作戦だったのね……?」

「派手に無様に転んだだけって言い方傷付くからやめてね。あと私は派手に無様に転んだだけだよ」


 かちこちになったモンスターなんて初めて見た。私達は遠巻きにゾンビキマイラを観察する。この光景に少し慣れてくると、モンスターとの距離を一メートルくらいまで詰めてまた観察する。やっぱり動き出す気配はない。


「……どうすればいいと思う?」

「どうすればって、割ればいいんじゃないの?」

「うーん、このままほっとくのはだめかな。動けないみたいだし」

「ゾンビキマイラって仲間呼ぶらしいわよ」

「よし、砕こう」


 無駄な殺生は避けたかったんだけど、仲間なんて呼ばれたら確実に私達が死んでしまう。一匹でもこんなまぐれでやっとどうにかなったというのに。複数に遭遇したら、何秒保つでしょうかゲームを開催されるレベルだと思う。


 私は氷の剣をゾンビキマイラの眉間に突き立てた。すると、モンスターは頭からあっけなく崩れていく。女神の祝福を受けたというだけあって、効果は絶大だ。


「なにその武器……反則でしょ」

「私も今日初めて使ったんだけど、びっくりしてる」


 凍ったまま死んでしまったモンスターは、その体から放つ悪臭も氷の中に封じ込められたようで、臭いはかなりマシになっていた。たまたま当たったのが氷の属性の方で良かったと思ってる。もし炎の方なら燃えて悪臭ばら撒きパラダイスだっただろうし、さらに火で他のモンスターが寄ってくる可能性もある。

 左手に氷の刃を持っていた幸運に感謝しながら、私はマイカちゃんに向いた。


「一つ言っときたいんだけど、大地の精霊に呼び掛けるのはもう絶対やめて」

「なんで?」

「はぁ!? ”なんで!?” いま”なんで”って言った!? オーラにも気付けない人があんな局面で精霊に頼ろうとするってヤバいからね!?」

「ヤバいって何よ! やってみなきゃ分からないじゃない!」

「分かるの! 私にはマイカちゃんの声が精霊に全然届いてないって分かるの!」

「それはランの思い込みでしょ!?」

「思い込み!? なんで私がおかしいみたいになってんの!?」


 さっと冷たい風が吹いて、私達は言葉を止める。この口論の流れは良くない。またモンスターを呼び寄せてしまう。周囲の気配に集中して、ひんやりとした空気の正体が風だけだったことを確認すると、私達はほっと一息ついた。


「……とにかく、静かに行こう」

「そうね。このままじゃいつまで経っても進まないわ」


 流れでマイカちゃんが付いてくることになってしまった。

 出来れば帰ってもらいたいんだけど……とりあえず黒の柱をどうにかするまでは連れて歩くしかないのかもしれない。


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