第43話

 四階で床が止まる。私達が到着すると、またぼんやりと周囲が明るくなった。おそらくは、何かしらの魔法が発動しているんだと思う。フロア全体が均一の明るさになっていく。灯りはもう必要なさそうなので、とりあえずは懐にしまっておくことにした。


「誰もいないわね」

「ホントだ。まさか、ここが最上階とか?」

「それほど登ってきた感じはしないけど……」


 周囲を見渡すと、少し離れたところの床が泡立つように蠢いていた。あれは、なんだ……? じっと一点を見つめていると、マイカちゃんもその違和感にすぐに気付いたらしく、私の服の裾を引っ張って言った。


「ねぇ、ラン」

「分かってる」

「あれは多分、ゴーレム」


 クロちゃんはそう言うと、懐からお馴染みの呪いグッケホンケホン、魔法グッズを取り出した。そうしている間にも床の異変は激しくなっていく。泡立っているだけに見えた部分が広がり、煮えたぎるようにボコボコと音を立て始めた。


「全身が魔法で生み出されたゴーレムに物理攻撃は御法度。戦うには、魔法で応戦しなければいけない」

「げっ、じゃあまた私の出番ないじゃない。まだ全然戦ってないし、この小手の調子だって実戦で確かめられてないのに」


 マイカちゃんが見当違いなショックを受けている。違うよ、出番はあったでしょ。ただそれをマイカちゃんが一瞬で終わらせちゃっただけ。言うと喧嘩になりそうだから、ゴーレムがあの泡から現れるのをじっと待つことに集中して黙っておくことにした。


「出て来られると厄介だから、これは先に潰す。もちろん、魔法で」


 そう言うと、クロちゃんは藁人形を泡立つ床へと放り投げた。藁人形ちゃんは湯気が立っているそこにぐんぐんと沈んでいく。それを見届けると、クロちゃんは屈んで、木槌で床をかなり強く叩いた。


「我が契約に応えよ」

「……!!」

「マイカちゃん、抑えてね」


 いま絶対マイカちゃんが、クロちゃんの唱えた言葉の”魔法っぽさ”に嫉妬した。私はそわっとしたマイカちゃんの肩をぐっと掴んで成り行きを見守る。

 遂に煮立った床の中に沈んでしまった藁人形が突然真っ黒に変色して、みるみる内に大きくなった。体も藁から硬質な岩のようなものに変質している。

 クロちゃんは藁人形を黒いゴーレムに変化させたらしい。こんなこともできたのか。ゴーレムは上半身だけ地面から出して、静かにこっちを見ている。落とし穴に嵌って抜け出せないという格好で、みぞおち辺りから上だけを晒してぼんやりとしていた。


「ゴーレムで蓋をしたからもう大丈夫」

「蓋?! あの子その為だけにあそこにずっと居るの!?」

「あれは時間が経てば消えるから平気。どんな種類のゴーレムかは分からないけど、召還に時間がかかる方が悪い。魔法を扱う者の戦いで、発動までの時間はとても大切。あんな風にちんたらしてる相手を待つ必要なんて無い」


 いや普通ゴーレムってそんな使い方しないじゃん……ほらぁ……あの子きょとんとしてる……周り見て「おや?」って感じで首捻ってるじゃん……。


 私がなんとも言えない気持ちでゴーレムを見ていると、これで勝ったと認識されたのか、床が動き出した。

 クロちゃんが無言で彼に手を振ると、彼もひらひらを手のひらを振って応じていた。なんだこれ。


 とにかくなんとかなったらしいことに安堵することにした私は、床が次のフロアに到着するのを待つ。しかし、天井が開いた先にあるのはフロアではなく、垂直に長く伸びる空間だった。


「え」

「もう戦わなくていいのかしら」

「それは有り難いけど、天井がそこにあったら私達死ぬよね」

「あっ」


 床は私達の不安なんてお構いなしにぐんぐん上昇していく。心なしか、スピードも上がっているように感じる。周囲の景色が無いので、感覚だけで言ってるけど。

 この奇妙な感覚に酔いそうになってきた。そうしてやっと気付いた。普段乗りもの酔いなんてしない私でもこれだ、もしや……。横を見ると、マイカちゃんは上昇してる床の端の方に寄ってキラキラしたものを口から放出している最中だった。


「マイカ、あんなに乗り物弱かったんだ」

「そうなんだよ。馬車でもあんな調子だったからね」

「これでダメって、列車なんてもっとダメそうだけど。大丈夫なのかな」

「あっ……」


 うっかりしてたけど、そうだ。列車の中って吐瀉物にまみれても大丈夫かな。いやこの世に吐瀉物にまみれてもいいものなんて無いよね……。


 先のことを考えて気が重くなり始めたところで、やっと床がストップする。やっぱりそこそこ加速していたみたいで、いきなり止まった床の衝撃はそれまでとは比べものにならない程だった。一瞬身体浮いたもんね。


 辿り着いた部屋はもうギンギンに明るかった。その場にいるだけで目が疲れるってくらい。そして私達の視線の先には、一つの大きな鎧が鎮座している。鏡のように光を反射させるシルバーの甲冑に、私達の警戒する顔が映る。


 ゆっくりと近付いていくと、兜の奥が赤く光った。敵が目を覚ました、そう察知して身を引くと、それぞれが武器を構える。


 多分、ここが正念場だ。これを倒せば、きっと……。私は手に馴染んだ双剣の柄をぐっと握り直して、細く息を吐き出した。

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