第44話
私達が既に臨戦態勢であることを悟ったのか、甲冑はやれやれといった様子で、手に持っていた槍をゆっくりと構えた。反対の手には丸い盾を構えて、こちらを威嚇しながら警戒している。
「ラン」
「分かってるよ」
私はこれまでしていたのと同じ要領で手で輪を作り、その中に敵を収めてスウィングを唱えた。ちなみに、これはスウィングだけの手付きじゃない。ターゲットを定めてピンポイントで攻撃するときはどの呪文の時もこれだ。
このやり方に決まりはない。人によっては指を差す人だっているし、魔法をヒットさせたい対象物の名前を呼ぶ人もいるらしい。本当に苦手な人の為に、ペイント銃と呼ばれる道具まで、この街では売られている。特殊な塗料で対象に色を付けてから専用の眼鏡をかけると、その塗料だけが浮き出て見えるとか。そうすることによってターゲットを絞りやすいらしい。
「当たったわよね……?」
「……でも、効いてない」
「あー……」
うん。なんとなく察してた。
大蛇の首をかっ捌いてかなり気を良くして調子に乗っていたのは否定しないけど、こんなにノーダメージだとさすがに傷付く。甲冑は私の魔法を払うことなく、ただ無視した。気付いていないかもしれないとも思える様子だ。
がしゃがしゃを鎧を鳴らして、ゆっくりと近付いてくる。距離が縮まらないよう、私は少しずつ後ずさりながらプチ作戦会議を開いた。
「ラン、他には魔法は? 色々勉強してたじゃない」
「そりゃそうなんだけど。嫌な予感しかしないっていうか……」
「どういうこと?」
「うーん、私の考え過ぎかも。じゃあやってみるから、念の為、クロちゃんはもうちょっと下がってた方がいいよ」
私が懸念していることがクロちゃんにも伝わっていたようだ。いや、もしかすると、私の反応など見るまでもなく、彼女も同じ結論に辿り着いていたのかもしれない。
ターゲットを手中に収めて、そのままイーラを放った。鎧の胴体から発生した炎はそのまま敵の身体の中央部分をしばらく焼き、そして消えた。
「……平気そうね」
「うん、多少効いてたりしないか」
な。
最後の一言を言い終える前に私達は跳び退くようにして身を伏せた。ちなみにそのあとには、「嫌な予感は私の考え過ぎだったみたい」、って言おうとしてた。だけど、考えすぎじゃなかったからもう言わない。
そう、甲冑は私の炎の魔法をそのまま返してきたのだ。だからイヤだったんだよな、あの手のピカピカの装備に魔法をリフレクトする効果を付ける冒険者は多い。そして炎の魔法は特にその影響を受けやすい。ワンパターンだ、というよりも、姿を映すものというのはその辺の効果と親和性が高いのだ。これ系の能力を付与したいときは、基本的に光の女神や精霊の祝福が必要になる。
そこまで考えてやっと合点がいった。そうか、ここは光の柱。あの甲冑がそういった効果を持っているのも、当然と言えば当然じゃないか。
「クロちゃん、私達は魔法禁止ね」
「つまり、私は観戦していていい、と」
「そうは言ってないけど……まぁそうだね。怪我させたくないし」
クロちゃんを後ろに下げて、私達は改めて甲冑と対峙する。奴の攻撃は、おそらくかなり奥行きがある。あの大きな槍で突かれたら、下手に避けるとクロちゃんに当たってしまうだろう。かと言って離れたところに置いておくのは、それはそれで心配だし。
私の考えていることがマイカちゃんにも伝わったのか、彼女はおとり役を買って出てくれた。感謝しつつ、ほんの少し彼女のことを心配する。ほんの少しね。装備を新調して絶好調の彼女が膝を付かされる場面が、どうしても想像できないから。心配してないっていうか、できないって感じなんだ。
甲冑の間合いに入って一つステップを踏む。それは誘うようであり、試すようでもあった。少なくとも怯えているようには見受けられない。向こうも小手調べだと言うように、素早く踏み出し、巨大な槍の重さを感じさせない動きで牽制する。
「っと。思ったより素早いのね」
反応速度の早さに驚いたのはマイカちゃんだったが、スピードを重視していたらしい初撃が躱された甲冑も、マイカちゃんの持つポテンシャルに驚いているようだった。ただ一つ言えることがある。それを聞いて欲しい。
私、いる……?
いや要らないよね。
二人の動きを目で追うのがやっとだったし、これから二人の攻防はさらに苛烈になっていくに決まってる。そうなったら目で追う事すら不可能になるし、あと魔法で狙うことも無理になる。あ、そんな心配しなくていいのか。そもそも当たっても効かないもんね。
「ラン、戦闘はマイカに任せた方がいいと思う」
「分かる、私もたったいまそんな感じのことを考えてたよ」
「ランにはランのできることがあるはず」
クロちゃんは真剣な目をしている。「ランにも出来ることはあるよね、例えば息とか」なんて言いそうな雰囲気でないことは確かだ。
「私は闇の魔法しか使えないから、悪いけど今回は見てる」
「そうだね。クロちゃんの魔法が反射されたらガチめに誰かが死ぬほど苦しんで死ぬことになりかねないからね」
その時だった、甲冑の中から低く蠢くような、しかし確かに、私達にでも分かる言葉が響いたのは。
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