第42話

 私達はそれから数十分かけて、やっと上へと続く階段を登った。これをあと何階分繰り返さなきゃいけないんだ。そんな疑問が脳裏を過ったけど、クロちゃん辺り淡々と「多分あと二十五階分くらい」なんて言いそうだから、口にしないことにした。

 この中には大蛇のようなモンスターしか居ないようだ。二階に来てから既に二度戦闘をしているけど、それ以外のモンスターには遭遇していない。


「私が首を落としてマイカちゃんが潰す。敵の攻略法も分かったし、この調子でいけばなんとかなりそうだね」

「それはそうだけど、蛇の骨を砕く感触って、なんか気持ち悪くて好きじゃないわ」

「そう言いながらマイカはもう七匹の大蛇の息の根を止めている」


 クロちゃんは畏怖するようなマイカちゃんに向けながら言った。怖いよね、私も結構怖い。有り難いけどね。


 そうして二階の真ん中辺りに差し掛かった私達は、足を止めることになった。ところどころに設置されていた部屋とは規模の違う大きな空間が広がっていたからだ。


「なに、これ……」

「行ってみないと分かんないでしょ。モンスターは居ないみたいだけど」


 辺りを照らしながらマイカちゃんは言う。しかし一歩踏み出す様子はない。私に先行けってこと……?


「いや、マイカちゃんが行ってよ……」

「なんでよ、危ないかもしれないじゃない」

「だからだよ。私じゃいざってとき反応できないし」

「私を人柱にするってこと!?」

「しょうがないじゃん! 私なんか身体能力は一般的な成人女性なんだから!」

「だからって!」

「二人とも。今は喧嘩してる場合じゃない。早く進まなきゃ」


 クロちゃんは向かい合う私達の真ん中をあえてすり抜けながらそう言った。年下に宥められてちゃ世話無いよね。

 クロちゃんが部屋に入っても変化はない。私とマイカちゃんは恐る恐る中へと踏み込んだ。辺りを照らしながら部屋の中央くらいまで進むと、ガコン! という音が鳴って地面が揺れた。


「え!? 何!?」

「ラン、魔法使ったの!?」

「まさか!?」

「上……!」


 クロちゃんが天井を指差す。見ると上部の壁が迫っていた。いや、動いてるのは天井じゃなくて、床だ……!


 ぶつかる! そう思った瞬間、天井がごごごと開いて、床は三階の高さに到達する。そして再び鳴ったガコンという音。どうやら床が止まったようだ。


「え、なに……?」

「わ、分からないわよ……とりあえず三階に着いたってことでいいのかしら……」

「あ」


 クロちゃんはどこかに光を向けたまま呟いた。見渡してみると、元いた二階の大広間よりも広い空間がそこにはあった。ゆっくりと周囲が明るくなって部屋の全容が見えてくる。


「部屋っていうか……フロア?」

「だだっ広いだけの空間ね」

「そうだね、モンスターがいることを除けば」


 私達が乗ってきた動く床の部分から外れたところに、一匹のモンスターが仁王立ちしていた。ムキムキの身体に、羊みたいな顔がついている、変なモンスター。見たところ接近戦が得意に見えるけど、油断は禁物だ。

 私とクロちゃんは戦々恐々としていたけど、マイカちゃんだけは違った。彼女はやっと私の出番かという顔をして、嬉しそうに小手の拳と拳を突き合わせて笑っている。およそ女の子がするような仕草じゃないと思ったけど、まぁいいや。マイカちゃんらしいし。


 羊の顔をしたモンスターが右手を前にかざして、黒々とした胸筋をぎゅっと動かすと、手中に柄の長い斧が出現した。両刃のそれは刃の部分もかなり大きい。私なんてあんなの、持つことすらままならないかも。

 敵は姿勢を低くして、両手でそれを構える。準備ができたらしい、それを察すると、我らがマイカちゃんはモンスターに向かって真っ直ぐ走って行った。


「ちょっ! あぶなっ!」


 私が制止するよりも先に、彼女がモンスターの間合いに入る。斜めに振り下ろされた斬撃を屈んで避け、敵が次の攻撃に転じる前に、マイカちゃんのアッパーが炸裂した。


「つっよ……瞬殺じゃん……」

「動きが前より速くなってる。ランが作り直したブーツのお陰だね」

「あはは……」


 私のブーツのお陰、というよりも、マイカちゃんの身体能力の高さの賜物な気もするけど。何はともあれ、役に立っているなら嬉しい。

 顎を下から撃ち抜かれたモンスターは後ろにぶっ倒れたまま起き上がる様子はなかった。呼び出したばかりの斧もいつの間にか消えている。


 マイカちゃんは少し離れて動きを警戒していたけど、しばらく立っても起き上がらないので、こちらに戻ってきた。彼女がせり上がった床に到達すると、また床が動き出す。

 上を見ると、私達の乗っている床の分だけ、天井部分が開いていた。部屋に階段は見当たらない。つまりここからはこうやって敵を撃破して進んでいけ、ということだろう。肉弾戦ならマイカちゃんに任せておけばいいし、今の私は拙いながら魔法を使えるようになった。クロちゃんもいるし、きっとなんとかなる。

 四階にどんな敵が待っていようとも、きっと攻略出来るはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る