第220話

 勇者は私に訊いた。殺したとされる巫女の遺体の在処を。こいつに限って、残虐非道な私に殺されてしまった可哀想な巫女達を弔ってやろうなんて気持ちは無いだろう。ちらりちらりと見えている最低過ぎる可能性を確かめるしかない。反吐が出そうだ。私があまりの気分の悪さに押し黙っていると、勇者は改めて言った。


「巫女の遺体はどこにやった」

「まさかと思うけど、巫女の遺体を使って封印を解くつもり?」

「そうさ。次に力を持つ者がこの世に生を受けるまでの間、彼女達の体に宿っている力は消えないはずだ」


 亡くなり方にもよるけど、固有の魔力を持っている人の力が遺体に残っている可能性はある。長ければ何十年も。だから名のある魔道士の墓荒らしを防ぐために、国が動くこともある。そういった事例は知識として知っているけど、まさかそれで封印を解こうとする外道と対峙する日が来るとは思わなかった。


「ははは! 殺した私と同じくらいに狂ってるよ! それ!」


 私は笑った。そこまでするなんて思ってなかったとおぞましく思う気持ちをそのまま、全部笑う気力に変えて。

 街の広場に私の笑い声だけが響き渡る。勇者は刻一刻と表情を曇らせ、私の声を上書きするように叫ぶ。


「うるさい! 僕は世界平和なんてどうだっていいんだ! この旅だって命じられたから始めたまでだ!」

「言ったね?」


 ぴたりと声を止めた。いつもは賑やかなこの広場がこれほど静まり返っているのを、私は見たことが無い。

 私の指摘を受けても、勇者はしまったという表情を見せることは無かった。おそらくは長老がハロルドの秘密を喋らざるを得なくなった時点で、を演じることを諦めていたんだと思う。


 対して、私は悪人を演じることを止めた。引き出したかった言葉は引き出せたし。街の人達はみんな、勇者の発言に驚きながらも、段々と自分達の運命を理解し始めているようだ。

 先手を取るべきだ。しかし、は私の一挙手一投足に注目している。汗が頬を伝った。台座はすぐ近く。剣は抜ける状態にあるはず。強行突破すべきか。時間が私の思考をじりじりと焼いているみたいだ。これしかないって思ってるのに、正しいかどうかが分からなくて、なかなか動き出せない。

 その時だった。徐々に近付く足音。そして、妙に懐かしく感じる声が広場に木霊した。


「ラン!? マイカ!? どうしたんだよ!」


 フオちゃんだ。勇者は巫女の出現に少なからず驚いている。今しかない。私はタイミングのいい登場に感謝しつつ、風の精霊の力を借りて台座のてっぺんに高く跳ぶ。滞空中に、私を頂上まで届けるついでに、小さなかまいたちで縄を切ってもらう。多少手首が傷付いても構わないと思っていたけど、綺麗に切ってくれた。

 着地と同時に、突き刺さっている剣の柄に触れる。握る。そして、引き抜いて空に高く翳した。


 剣が抜かれるところを見たことのある人なんて居ない。いるわけない。それなら、この街は存在していないんだから。どよめきと悲鳴、そして少しの歓声が耳に届く。剣を抜く時はこっそりやろうなんて話をしていたことを思い出す。実際はそんな余裕、これっぽっちもなかったな。

 私の動きにいち早く反応して見せたのは勇者、ではなく格闘家のウェンだった。きっと彼らも、どうして剣が抜けたのか、そして街の崩壊が始まらないのか、理解できていないだろう。ウェンは理屈を後回しに、目の前の敵に反応しただけだ。

 彼と対峙したのは私じゃない。こっちにもいるんだ、手首をがっちりと縛っていた縄を自力で引き千切って駆け出せる、すごい子が。


「まぁたてめぇか!」

「この間みたいにはいかないわよ!」

「そりゃ楽しみだ!」


 ウェンとマイカちゃんは目にも止まらないスピードで拳を交えながら、涼しい顔で語り合っている。


「主らは!?」


 避難する街の人達をかき分けて、長老がフオちゃんに問う。彼女は街の人々の悲鳴に負けないよう、声を張り上げた。


「あたしは赤の柱の巫女、フオだ。こっちはニ」

「青の柱の巫女、ジャスティス・ゴージャス・デリシャスプリンセスです」


 いつの間にかフオちゃんに追いついていたニールが、また意味分かんないことを言っている。マイペースもここまでくれば才能だ、本当に。だけど、ちょっと緊張が解れた気がする。お礼は言わないけど。


「巫女じゃと……!? では、殺したというのは……?」

「嘘に決まってるじゃん。いくら街を救うためとはいえ、そこまでする人がいる? 私にはできないよ」


 呆ける長老はほっといて、私はフオちゃんに指示を出す。


「フオちゃん! 街の人の避難、手伝ってあげてくれる!?」

「任せとけ!」


 勇者が一歩も動かないのが気掛かりだったけど、このままじゃ二次被害が出てもおかしくない。だから避難を優先しようと思ったんだけど、遅かったみたいだ。


「……まぁ、いいか。ヴォルフ」

「ヴォルフフフ。任せておけ」


 ヴォルフがまた精霊達を無理矢理使役している。あと、また無理矢理自分の名前を笑い声にしてる。

 精霊達の悲鳴を聞きながら、私はヴォルフが手を向けた方を見た。遠く、地面が盛り上がっている。あれは、転送陣のある祠だ。あれじゃ、魔法でも使って空を飛ばない限り、中に入れない。飛竜を使えばどうにかなるだろうけど、全員を運び出すのは現実的な策とは言えないだろう。


「これで君達はここから出られない。巫女も生きてることだし、柱の封印を再度解き、罪人でも連れてきて減った分の人員を確保すればいいだろう」


 減った分、彼はそう言った。つまり、街の人はいくら殺しても構わないと、そう言っているんだ。私は台座の上から勇者を見下ろしたまま言った。


「本性現したね」

「なんとでも言ってくれ。じゃあ、始めようか」


 勇者はマントを翻して、腰の剣を抜いた。

 最後の戦いが始まる。

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