第204話

 私達は濃い霧の中を、警戒しながら歩いていた。あんまり良く見えないけど、ぼんやりと見える景色の雰囲気と、滝が水面を叩く音から、大体の方角は分かる。それが唯一の救いだった。こんなところで迷子になったら泣いちゃうしね。


「ラン、強くなったわね」

「うーん。そうだね」

「何よ、せっかく褒めたのに、煮え切らないわね」


 マイカちゃんはこちらを見て不機嫌そうな声を上げる。褒められたことが嬉しくないとかじゃなくて、私が考えていたのはもっと根本的な問題だった。


「強くなったっていうか、なんだろうね。旅を始めた頃の私って、この剣の威力も価値も分かって無かったし、魔法を使わないことに拘ったりしてた。強くなったというか、考え方が変わったってことなのかなって」

「馬鹿ね、ランは。本当に馬鹿。馬鹿だとは思ってたけど、ここまで馬鹿なのはさすがに予想外だわ。あまりにも馬鹿よ」

「馬鹿って言い過ぎだよね」


 彼女に馬鹿って言われると、他の人に言われるよりも倍くらい傷付く。多分、私がマイカちゃんのことを結構馬鹿だと思ってるからだと思う。バレたら怪我しそうだから黙っとこう。


「目的のために考え方を変えられるのも強さの一つよ」

「……あぁ、そうかも」

「でしょ。ふふん」

「クオ〜」


 私が素直に彼女の指摘を認めると、マイカちゃんだけではなく、クーまで得意げな顔をして鼻を鳴らしていた。可愛いけど、クーは関係無かったよね。

 私は、多分変わったんだ。知るべきことを知って、旅の中で色々な物を見付けて、上手くいかないことも当然あって……それが私の考えを変えさせた。くだらないことにこだわっている暇なんてないんだってこと。自分に出来ることが存外他の人にはできないことだったこと。本当に守るべきは自分のプライドやこだわりなんかじゃなくて、もっと他にあるってこと。それが誰かってこと。

 とにかくこの旅の中で、私はその辺の認識ががらりと変わったと思う。全部、マイカちゃんのおかげだ。マイカちゃんが居るから、真に優先すべきは何かっていう自問自答にも即答できるし。


「私、マイカちゃんが居たから、強くなれたんだよ」

「……は? 何? トゲでも踏んだ?」

「踏んでないし、踏むだけで人に恥ずかしい台詞言わせるトゲって何?」

「恥ずかしい台詞って自覚あったのね……」

「違うよ! マイカちゃんが過剰に照れるから、なんか私まで恥ずかしくなってきたんじゃん!」


 そんなに恥ずかしいことを言ったつもりはなかったんだけど、彼女にそう言われると段々そう思えてきた。私は本当のことを言っただけなのに……いや、だから恥ずかしいのかな……。


「は、はぁ!? 照れてなんて!」

「照れてたじゃん!」

「ふ、ふざけんなじゃないわよ!」

「っていうか付き合うことになったのに、いまだにそんな反応する!?」

「正式に付き合うことになったの昨日じゃない!」

「実質最近ずっと付き合ってたみたいな感じだったじゃん!」

「……」

「追い照れやめてよ……収拾つかなくなるじゃん……」

「っさいわね!」

「いだい!」


 本気一歩手前パンチだ……めっちゃ痛い……実は今、ちょっと障壁張ってたのに……私がやったんじゃないんだけど。この辺の精霊達は特に私と仲良しだから、たまにこんな感じで気を利かせてくれるのだ。その障壁を破壊してパンチのダメージが届いたことに驚きを隠せないけど……。


「とにかく、今の私に迷いはないよ」

「そう、それは良かったわ」

「あのさ……私、挨拶に行こうと思うんだ。色々落ち着いてからじゃないと、難しいかもだけど」

「挨拶って?」


 マイカちゃんは「誰よ、待ってるから行ってきたら?」とでも言いたげな顔をして立ち止まった。そんな気軽にできる挨拶じゃないんだけどなぁ……。


「マチスさん達のところ」

「パパ? なんでよ」

「マチスさんとメリーさんに黙ってるなんて、私にはできないよ。……ね?」


 そう言うと、さすがのマイカちゃんにもどんな挨拶なのか察しが付いたらしく、徐々に顔を赤らめて「ランの気の済むようにしたらいいわ」なんて言ってそっぽを向いてしまった。


「祝福されたいなんて思うのは、贅沢なのかな」

「なんでよ。当然の気持ちでしょ」

「そっか。そうだよね」

「あんまり私の両親を見くびらないことね。きっと喜んでくれるわ」


 少しずつ大きくなる滝の音に負けじとマイカちゃんはそう言った。確かに、二人ならきっと喜んでくれるに違いない。


「私も、いいかしら」

「何が?」

「ミデスさんの、お墓参りしたい」

「……うん、ありがと」


 定期的に父の墓前に話し掛けるのは、私一人だった。マイカちゃんが来たら、きっと父も喜ぶと思う。っていうか、びっくりしてひっくり返っちゃうかも。


「それじゃ、今はこの作戦を進めましょうか」

「だね」


 足を止めて、ある光景を正面から見つめる。グレーテストフォール。この世界で一番と言われてる、巨大な滝。大きな崖を挟んで、私達はグレーテストフォールを見上げていた。


「じゃ、早速始めようか」


 私はレイさんから預かった紙切れを鞄から出して、転送陣定着の準備を始めた。

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