第205話
レイさんから預かった羊皮紙のような材質の紙を広げると、両手で持つ大きな地図くらいのサイズになった。中に魔法陣が描かれているが、これはおそらくは実寸大なのだろう。かなり大きな紙だと思ったけど、この中に人が飛んでくることを考えると結構小振りなサイズだ。横からマイカちゃんが覗き込むように紙を見て、小さく唸ってから呟いた。
「……こんなので、本当に転送陣を作れるの?」
「まぁレイさんが言うんだから、多分大丈夫なんじゃない?」
というか上手くいかなかったら悲惨だ。ここで何をどうすればいいのか、一気に分からなくなってしまう。突飛な指示や研究が多いものの、レイさんの研究には基本的にハズレがない。亜空間に飛んだのだって、かなり危険な賭けだったけど、結局は上手くいったし。
考えていても仕方がないので、「信じるしかないよ」と言いながら地面に紙を敷いた。
「魔力を流し込むのよね」
「うん。真ん中に手を当てて、ね」
「私も手伝う?」
「でもマイカちゃん魔力無いじゃん」
「ん!!!」
「ごめんって!」
マイカちゃんが悔しそうな顔をして拳を振り上げたから慌てて謝罪した。そうだよね……魔力が無いって、マイカちゃんにとっては一番の悪口だよね……。でも、申し訳ないけど事実だから、とりあえずはクーと一緒に周囲を警戒しといて欲しい。
私は地面に膝をつくと、紙の中心に手を当てた。魔力を流し込むやり方は聞いていないけど、魔力自体は持ってるんだから、頑張ればなんとかなると思う。
「なんか寄ってきたら私とクーで対処するから。ランはそっちに集中してなさい」
「うん。ありがとう」
「グゥオオォォォォ!!」
「うん、クーもね」
マイカちゃんに話しかけられた時、私は既に瞑想のために目を瞑っていた。声だけでクーが体を大きくして、敵襲に備えてくれていることを察する。
自分の魔力を意識するって普段はしないから、少し時間がかかりそうだ。もしかしたら、二人に時間稼ぎをさせていることで、気持ちが急いているのかもしれない。
いつもは精霊や女神に語りかけて、その結果、様々な効果が発現している。具現化された効果で私が魔力を自ら消費していることは稀だ。大体は私じゃなくて女神達の力がこの世界に、いい感じで私のために作用してくれているに過ぎないのだ。
彼らに語りかけるときに多少は魔力を使っているはずだし、私自身にもその力が備わっているのは分かっている。じゃないと呪文を唱えた時に発現しないし。ただ、純粋に魔力というエネルギーそのものを流すイメージがなかなか掴めない。
「グルル……」
「どうしたの?」
「グゥガァァ!」
「出たわね、クソ野郎」
背後で二人がモンスターを発見したようだ。だけど、私はその場に留まって、振り返ることすらしなかった。それが二人への最大の信頼の示し方だと思ったから。二人ならきっとなんとかしてくれる。そう、だって二人は
「ラン! 避けて!」
「へ!?」
振り返ると、アシッドウルフが私に飛び掛かっているところだった。咄嗟に手をかざして、身を守って欲しいと念じると、超極地的な突風が吹いてモンスターを跳ね飛ばす。そして、着地するよりも早くマイカちゃんが対処してくれたので、危機は去った。
信頼してるって思ったばっかりだったのに……ひどい……。しかし、そんなことを伝える間もなく、マイカちゃんとクーの背後に広がる光景に、私は息を飲んだ。
「ちょ……何、あの数……」
「気にしなくていいわ。今のはちょっと隙を突かれただけ。あんたは黙って魔法陣作っときゃいいのよ」
「いや、私も戦うよ。魔法陣はその後でも」
「魔法陣作るのにどれだけ魔力使うか分かんないでしょうが!」
そう言ってマイカちゃんは駆け出し、クーははばたいた。二人とも、本気なんだ。
「……確かに、マイカちゃんの言う通りだ」
難しいと言われている転送陣の定着が、少ない魔力でどうにかできる可能性の方が低い。私にできることは、一刻も早くこれを終わらせて、二人の加勢に向かうこと。大群を相手にするには、己の身一つで戦うマイカちゃんとは相性が悪過ぎる。
「急がなきゃ……!」
そして自分の身体に意識を集中させて、その途中で気付いてしまった。
「あ、そっか」
レイさんは、魔力を流せとだけ言ってた。私の魔力を流せ、なんて一言も言ってない。そんな当たり前のことに気付くと、あとはどうすればいいのかすぐに分かった。
——精霊さん達、お願いしていいかな
頭の中で「ランの魔力じゃなくていいんだったらもっと早く言ってよ!」とか「バカ!」とか「任せろー!」とか「別に、強過ぎる魔力で壊してしまっても……いいのだろう?」なんて声が響く。バカなのは自分でもそうだなって思うからいいとして、壊すのはやめて。逆になんで壊していいって思ったの。だけど、気持ち的にはそれくらい全力でやって欲しい。
再び紙の真ん中に手を置く。すぐに紙に描かれた転送陣が明滅を始める。さっきとは明らかに違う反応だ。私は手応えを感じながら、小さく「よし」と呟いた。
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