第198話

 双剣を封印した後はハロルドの元・伝説の剣を使え。レイさんの発言は私達は硬直させた。だけど、他の巫女は私達ほど衝撃を受けてはいないようで、クロちゃんなんか「何かいけない理由でもあるの?」と首を傾げていた。


「いや、いけない理由っていうか……」

「あれを、ランが使うの? っていう驚き? みたいな感じかしら……」

「うーん。二人はあの剣がご神木みたいに扱われてた街で育ってるから、その反応も当然と言えば当然なのもね。でもさ、ランちゃんだってタダでその剣を扱おうってワケじゃないんだから。気兼ねすることないよ。バンバン使ってこ」

「だな。あたしは全面的に賛成だ。マイカも、文句ないだろ?」

「そりゃ、まぁ……」


 はっきりとしない返答だったけど、マイカちゃんは決して私があの剣を扱うことに不満がある訳ではない。ただ、ピンと来ないんだと思う。かくいう私も同じだ。自分が誰かと戦う為に、あの台座から剣を抜くなんて。でも、それしかないんだったら、やるしかない。


「よし、これからどうすべきかは完全に決まったね。私達はグレーテストフォールに向かって新たな封印を作る。で、多分勇者はハロルドで待ち構えてるか、後から来るからそれを迎え撃つ、と」

「レイが言うと軽く聞こえるわね」

「重く言ってもしょーがないじゃん?」

「そうですわ。今こそ私達の力を発揮するとき。さぁ、行きますわよ!」

「はいストップストップ」


 ガタッと立ち上がったレイさん以外のメンツは、彼女の気の抜けた声に、一様に振り返った。なんなんだ……。


「とりあえず、もし勇者達がルーズランドから巨大転送陣でセイン国を経由してハロルドに行こうとしてるんだとしたら、その足は封じてるわけじゃん?」


 確かにそんなこと言っていた。意味があるかは分からないけど、巨大転送陣の機能を一時的に制限したとかなんとか。制限の内容まで聞かなかったから、そんな状態にあることもたった今知ったんだけど。


「休んだ方がいいよ。特に巫女達ね。明日の封印は、ちょっと骨が折れるよ」

「……それもそうだな。いま、休んだ方がいいって言われて少しほっとした自分がいる。多分、疲れてるんだろうな」


 余ってるから好きに使っていいと、奥の部屋に通された。二人暮らしなのにどうしてこんなに部屋が余っているのかと聞くと、あとで拡張するのは面倒だからだそうだ。まぁレイさんのことだから、訳の分からない装置を作ったり買って来たり、研究の為に一室まるごと使いたくなることがあったりするのだろう。

 通された部屋はこれまで泊まってきたホテルの一室と同じくらいの広さだった。私とマイカちゃんでここを使わせてもらうことにする。一人一人宛てがってもおつりが来るくらい部屋は余っているそうだけど、今までずっと一緒に過ごしてきたし。っていうかできれば一緒に寝たいし。何もない部屋だけど、あとでレイさんがさっきグラスを作った要領でベッドっぽい何かを作ってくれるらしい。それを聞くと、ニールはクロちゃんの肩に手を置いて注文を付けた。


「クロ、私には最高級のベッドを用意してくださる?」

「もちろん。そこで寝るといい」


 クロちゃんは窓の外の、草木がぼーぼーと生い茂っているところを指差して微笑んだ。さっき豚の血を飲まされたばかりだと言うのに、ニールも懲りないな。あのメンタルの強さなんなんだろう。

 結局、ニールはフオちゃんと同じ部屋で寝ることにしたようだ。全てが終わったら一緒に暮らすなんて言ってたし、今の内に二人で過ごして相性なんかを見ておくのもありだと思う。ニールは寝言が酷そうだし、フオちゃんはフオちゃんで寝相悪そうだし。絶対本人には言えないけどさ。


「夕飯なんだけど、この中で作れそうなメンツが見当たらないから、ジーニアでテイクアウトしてきていいかな?」

「ちょっと、失礼ね」

「あまりバカにしないで欲しい」


 得意げな顔で立候補したのはクロちゃんとマイカちゃんだ。しばしの沈黙ののち、レイさんは「うん、やっぱりジーニアに行ってくるねー」と言って動き出した。


「ちょっと待ちなさいよ!」

「レイ、聞いて。この間の失敗については克服した。しばらく内臓を使うような料理はしない」

「あ、マイカちゃんは荷物持ち兼護衛で付いてきてくれる?」

「いいけど! ねぇ!」


 マイカちゃんはぷんすかしながらも、同行することに異議はないらしく支度を始めている。クロちゃんの内臓を使った料理とやらが少し気になったけど、あんまり考えないようにした。地獄のような失敗を犯したんだろうな。レイさんが全力で触れないようにしてるって多分相当ヤバい。多少の失敗なら「何をどうしたらこうなったの?」って問いただしてそうだもん。


「ま、最終決戦前の最後の休息ってことで。みんなはくつろいでてよ」

「でも、レイさんも詠唱で疲れてるのに」


 それに、私達が塔から戻ってくる間、彼女はクロちゃんとたった二人で防衛戦を繰り広げてくれたのだ。精神的な疲労を誰より感じていても、何ら不思議ではない。


「土地勘があるのあたしだけだし。帰ったらクロに気持ちいいことしてもらうからへーきだよ」

「レイ!?」

「マッサージだよ。なに考えたの?」

「嫌い」


 クロちゃんは赤い顔をして、ポケットから取り出した何かをレイさんに向かって投げつけた。彼女の背中に当たってころころと転がってきたそれを見ると、小さな髑髏だった。なに投げてんの、っていうかなんでこんなもの持ち歩いてるの。


 私達はマイカちゃんとレイさんを見送って手を振った。テーブルのところに居たクーがパタパタと飛んできて、レイさんに作ってもらったお皿を見せてきた。とても気に入っているようだ。もしかしたら自慢しているのかも。私はクーを手のひらに乗せて指で撫でながら「良かったね」と話し掛けた。廊下の方から、「ヴォッッッ!!」「お前今度はなに飲まされたんだよ!」なんて会話が聞こえてきたけど、聞こえなかったことにした。


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