第199話

「何よ、意外そうな顔をして」

「思ったより早かったなぁと思って」

「あぁ、そのことね」


 私はマイカちゃんから荷物を受け取っているところだった。

 二人が家を出たのは夕方だった。それから数時間は帰ってこないと思っていたのに、なんと日が落ち切る前に戻って来たんだから、こういう顔にもなる。


「街のド真ん中の路地に飛んだのよ、あの転送陣」

「すごいでしょ? あ、ちゃんと魔法で変装してったから安心してね?」

「そ、そうですか……」


 レイさんはクロちゃんに紙袋を渡しながら得意げにしている。彼女の様子を見るに、ジーニアにお忍びで行く頻度はかなり高いのだろう。クロちゃんは料理できないっぽいし、レイさんもそんなことしてる時間があるなら研究してたいって思ってそうだし。


「変装ってどういうことだ?」

「あぁ。レイさんはジーニアではかなり有名な人なんだよ。巫女として務めを全うする人が突然消えて、その辺うろうろしてるのはマズいでしょ?」

「そういうことか。確かに、柱の光が消えれば、その辺は誤摩化しが利かないしなぁ。ニールのところは良かったのか?」


 そういえばニールの事情はあまり知らないまま連れて来てしまった。まぁ来てもらわないと困るんだけど。話を振ったフオちゃんはもちろん、私も興味津々で彼女の返答を待つ。けど、その返答はいかにもニールらしい、よく分からないものだった。


「私? ふふ、きっと今頃、国を上げて捜索していることでしょうね」

「レイ、ニールが創作してる」

「妄想扱いはやめてあげようね」


 レイさんが「そっかー」なんて言うから、私がクロちゃんをそっと嗜めた。マイカちゃんは既に椅子に座って、米で挟まれた肉を食べている。みんなでいただきますしようよ……。


「何よ、その目は。私は買い出しに行ってきたんだから、食べてもいいの」

「そ、そっか……」

「何よ!」


 そうしてそれぞれが席に着いて食事が始まった。六人分なんて普段買わないから、どれだけ買えばいいか分からなかったと言うレイさんと、これだけあれば足りるわよと言うマイカちゃん。この中でぶっちぎりで一番食べる彼女がそう言うのだから間違いないだろう。っていうか十人前くらいありそう、これ。


 マイカちゃんの肩に乗ってたまにお裾分けしてもらっていたクーだったけど、急に何かを思い付いたように彼女の肩から降りた。

 何をするのかと思ったら、器を持ってテーブルの上を移動して、みんなにそれを見せている。


「なんだ? 分けて欲しいのか? ほら」

「クォー!」

「よしよし」


 フオちゃんからお肉を一切れ乗せてもらったクーは、とても嬉しそうにしていた。食べ終わると、今度はニールのところに器を見せに行く。どうやら、みんなにご飯を分けてもらう遊びを思い付いたらしい。いちいち愛らしいな。


 食事を終えても、しばらくそのままみんなでダラダラしていたんだけど、さてと、と言ってレイさんがおもむろに立ち上がった。


「レイ? どこ行くの?」

「すっかり忘れたけど、四人の寝床作らなきゃ」

「あぁ。でも、色々とめんどくさそう」

「ベッドは作らないから安心して」


 そう言ってレイさんは廊下へと消えて行った。私達は目を合わせて、頭に疑問符を浮かべている。ベッドを作らないってなんだろう。シーツと毛布だけとか? それでも全然有り難いけど、そうじゃない気しかしないっていうかイヤな予感しかしない。


「……クロちゃん。レイさん、何作ってると思う?」

「さぁ。毛布とか?」

「ホントに?」

「……さすがのレイも、大事なことがある前にみんなを使って実験するようなこと、しないと思う」

「本心は?」

「なんか企んでそうだけど私は自分のベッドがあるので関係無いからどうでもいい」

「マイカちゃん」

「任せて」

「ひっ」


 クロちゃんはマイカちゃんに頭をぎりぎりと鷲掴みにされて変な声をあげている。私とニール、フオちゃんの三人は慌てて宛てがわれた部屋へと向かった。

 私とマイカちゃんの部屋に着くと、そこには謎の四角い物体の上に転がっているレイさんが居た。なんだこれ……なんだこれ……。寝転がれるくらいの大きさの氷っぽい何か。ベッドというよりはマットレスがそのまま置いてあるように見える。


「おっ。いいところに来たね。実験で作ってみたんだけど、これめっちゃいいよ! 魔法の膜で温水を中に閉じ込めてるんだ。寝てみて!」


 言いながら、レイさんは私を突き飛ばすようにしてベッド的な何かに寝かせた。そんな私の身体を程よい弾力でぼよんと受け止めてくれて、心地良い温かみがある。なにこれ……。


「どう!?」

「めっちゃ気持ちいい……温泉に入ってるみたい……」

「だよね!?」


 これこそがレイさんの提唱するリフレッシュ魔法なんだとか。日常のあったらいいなを魔法で商品化して儲けようという魂胆らしい。商魂たくましいというよりは、自分の作った魔法を出来るだけ大勢の人に体験してもらいたいんだと思う、この人は。世界が平和になったら、案外彼女のような人が世界を良くするのかな、と思わなくもない。


「いやー良かった! 前に作ったときは、作ってから五分くらいで中のお湯が沸騰しちゃって大変だったんだよね!」

「ちょっと!!!!」


 私は勢いよくベッドから飛び起きて、勢いが良過ぎたせいで正面の壁に肩からぶつかった。けど、今はそんなことはどうだっていい。


「私達で実験するのやめてって言ってるよね!?」

「いいじゃーん、死ぬ訳じゃあるまいし?」

「全身火傷したら死ぬけど!?」


 私とレイさんのやりとりを聞いて、フオちゃんとニールがそっと部屋に戻ってく。あいつら、自分はどうにか普通のクッションとか調達して安全に過ごすつもりだ……。私をおとりにしたな……ひどい……。



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