第186話
予想はついていたんだけど、勇者は生きている。
今となっては魔王なんかよりもよっぽど怖い存在。
そして世界の英雄。当然、私達の敵。
「うぅん……」
「ごめんなさい、ラン」
「なんでマイカちゃんが謝るの?」
「だって、私がとどめ、刺さなかったから……あの状況でそれができるのは私だけだったのに……」
「そんなことないよ。マイカちゃんが頑張っても無理だったよ」
「はぁ?」
「いだい!」
私は背中を拳でぐりっとされて悲鳴を上げる。気に障る言い方をしてしまったのかもしれないけど、今のはフォローでもなんでもなくて、ただの事実だ。
マイカちゃんが具現化した女神の力は見事な物だった。あのとき、私の体はマイカちゃんだったから、魔力やオーラを感じることは無かったけど。見た目で分かる。あの魔法は凄まじいって。
彼女本人に殺意があろうがなかろうが、アレに巻き込まれたらいくら勇者でも、普通は死ぬと思う。彼が生きているとすれば、おそらくはヴォルフもウェンも生きていると考えた方がいいだろう。
「マイカちゃんは全力を尽くしたと思うよ。というか、女神達が全力で力を貸してくれたと思う」
「それは感じたわ。とても暖かくて、勇気が出て、不思議な感じだった」
「勇気は何もしなくても出てるでしょ」
「このオールでランの頭叩くから!」
「うそうそ! マイカちゃん臆病だもんね!」
「何よ!」
「でぃっ!」
拳でぐりってされたところを、今度は手のひらでバン! と叩かれる。小手を付けた手のひらで。一瞬息が止まったよ……。
すごい音が鳴ったせいか、後ろの方から「大丈夫か? 回復魔法いるか?」というフオちゃんの声が聞こえる。辛うじて大丈夫だと、手をひらひらと振って応じた。
「……クオゥ」
「ん、大丈夫」
クーも心配そうな声を上げている。人の気持ちに敏感なクーだから、私がマイカちゃんに叩かれたことよりも、勇者が生きていることにショックを受けている部分に反応してくれてるんだと思う。
「カイルと戦った時の様子、詳しく伺ってもよろしくて?」
「え、えぇ……」
うわなんか半裸の人に話しかけられた、という顔をしてから、マイカちゃんは語った。一通り聞き終えると、ニールは乳を放り出したまま腕を組んだ。腕の中で胸がぎゅって潰れてる。先に服を着て。
「なるほど。カイルは生きていますわ。彼らは賢者の加護を受けているはずですから」
「賢者の加護?」
「えぇ。簡単に言うと、一度死んでも無かったことにしますよ、という魔法、というよりも神の力ですわ。セイン王国はその昔、法力で栄えた国ですから」
そういえば、戦った時に加護が無くなるから殺しはしたくないとかなんとか言ってたっけ。私は前回の戦いを思い返す。ニールは早く服着て。むしろもう服が来て。それで彼女の上半身に巻き付くようにしていい感じに隠して。
「一度死んで無かったことにする力を使ったら、どうなるの?」
「……さすがランさん。その力が無制限に使えるわけではないと、すぐにお気付きになられたんですね」
厳密に言うと違う。確かにそんな気もするけど、どちらかと言えば、私がいま口にしたのは願望だ。何かの制限を受けていて欲しいという。例えば二度は使えないとか、しばらく動けなくなるとか。そういうの。
それがないと、私達は無限に復活する強敵と戦い続ける、ということになる。あんな規模の戦いを何度もするなんて、絶対にごめんだ。
「神の加護はセイン国の大聖堂で授かる以外にありません。そして、一度その加護を受けたものは二度と加護を受けることはできません」
「なんでよ。神様からの力だっていうならそれこそ無制限なんじゃないの?」
「いえ。神は死もある種の救済となるとお考えなのです」
「なんか怖い神ね……」
マイカちゃんは引いているけど、私にはニールの言うことは分かる気がする。無制限で死んでも生き返らせることができる、ということは、何度もその人に死の体験をさせることになる。死ぬような体験、私なら一度きりで十分だな。本当なら一度でもしたくないけど。
さらにその力を利用して戦争なんてしたら、体の前に心が死んじゃいそう。セイン国の神様が、私達が知っているような神様だったら、そんな酷い運命を人間に課したりしないと思うな。
「つまり、勇者は奥の手を使い切った状況ってことね」
「多分、そういうことになるね」
ちょうど話がまとまったところで、舟が岸に着いた。結構長いあいだ舟に乗っていたせいか、ちょっと足元がふわふわする。振り返ると、舟から降りようとしていたニールの腰からドレスが抜けて全裸になっているところだった。まぁ座ってたから腰で留まってただけだからね。そりゃそうなるよね。変態かな。
「さ、行きましょうか」
「置いてくわよ、アンタ」
「舟の上にドレスを脱ぎ散らかしていくな」
フオちゃんが困った顔でニールに服を着せている間、私はクーに話し掛けようとした。しかし、ちょっと野暮だったかもしれない。クーは私が声を発する前に、地上に降り立って体を大きくしてみせてくれた。
「グゥオォォ!」
すごく大きい、これまで見た中でも最大サイズかも。だけど、よく考えれば当たり前だ。これから四人がクーの背中に乗ろうとしてるんだから。なんならあの裸族には徒歩で管理塔に来てもらってもいいんだけど。
私は服を着せようとしているフオちゃんにくっついて、その作業を妨害しようとしている青い髪の女の子を見ながらそんなことを考えていた。マイカちゃんは横で「あいつら置いてっていいかしら」とはっきりと言っていた。
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