第187話
クーの背中に乗り込んだ私達は快適な空の旅……なんて楽しんでいる暇は無かった。さっきまでは舟での移動かつ、体の回復を待っていたからのんびりせざるを得なかったけど、ここから先の空路はクー次第だ。
大きく翼をばさばさと鳴らして、すごいスピードで前進する。私は青の柱の時のように、ゴーグルを装着した。振り返ると、天を刺す青い光が消えている。それ見てやっと、四つの柱を全て封印し直したんだという実感が湧いてくる。
本当は「私達、やり遂げたね!」とマイカちゃんとお祝いしたいくらいなんだけど、そんな暇は無い。管理塔では私達の帰りを待ってくれている二人がいるし、いつ勇者が再び現れるのか分からない状況なんだから。
「ラン、あれ」
「分かってる」
目の前には小型のドラゴンが居た。見た事の無い種類だ。砂漠と同じような色をしている。一匹なら大したことなさそうだけど、左右二組に分かれ、こちらを挟み撃ちにするように、群れになって近付いてきていた。それぞれ十匹くらいいるように見える。これは骨が折れそうだ。
「グゥゥゥ……!!!」
クーは口を開けると、左側の群れに向かって火を噴いた。牽制の意を込めてやったのかと思ったけど、その炎はぐんぐんと伸びて、あっけなく群れごと焼き尽くしてしまった。
羽ばたくことすらできずに、地上に落ちていく。後列にいたドラゴンを睨んで、クーは火を吹き続けている。こちらはクーに任せて大丈夫そうだ。私は右側から迫る群れを見つめた。
「ラン、一掃できるような風の魔法とか、知らないの?」
「ううん……この国の魔法はいくつかメモしたけど、見てる暇がないし、見てみてやっぱりなかったってなったら時間がもったいないし」
「それもそうね」
とはいえ、フオちゃんも火の魔法は唱えられるし、炎はクーが有効だと示してくれた。クーの体に当てないようにしなければいけないという制限はあるけど、上手くやればなんとかなるだろう。そんな風に考えていると、伸びやかな声が私の思考を遮った。
「私がお相手致しますわ」
「……マイカちゃん、私がマイカちゃんの体に触れておくから、この間みたいに拳で魔法を飛ばせる?」
「やってみるわ」
「無視はいけないことですわ!」
ニールが挙手しながら、懸命に存在をアピールしている。私はもちろん、マイカちゃんだって嫌そうな表情は隠さない。というかマイカちゃんは全力で嫌悪を表しました、って顔をしている。その顔やめなよ、すごい顔してるよ。なんかすごいエグみのある食べ物食べたような顔してる。
「ニール、遊びじゃないのよ」
「当然ですわ! ごらんになって!? ゴージャスプラッシュ!」
ニールは手を突き上げて、高らかにまた変な名前の呪文を唱える。青白いキラキラっとした光が群れに振り注ぐ、が……しばらく経っても何も起こらない。クーが炎を吐き続けるゴォ〜という音と、それに焼かれる小型ドラゴン達の「きゃぉ〜」という声だけが空に響いていた。
何も起こらないじゃない! とマイカちゃんが食ってかかろうとした時、群れの内の一匹が苦しみながら地上に真っ逆さまに落ちていった。一匹がそうなると、あとは連鎖するように、次々に敵が地上に落ちていく。
似たような光景を見たことがある、クロちゃんが呪いを発動した時だ。いや、でも、ニールがそんなことをするとは思えないし、そもそもそんなオーラは一切感じない。私は振り返ってニール、ではなくフオちゃんを見た。彼女も、意味が分からないという顔で首を横に振っている。
結局、右側から迫っていた群れは全て、ニールのゴージャスプラッシュとかいう大分頭が悪そうな呪文で一掃できた。すごいけど、なんか怖い。そうしてクーが管理塔へと急ぐ間、沈黙を破ったのはマイカちゃんだった。
「さっきのアレ。なんだったのよ」
「アレ? ゴージャスプラッシュのことですか?」
「そうよ。いきなり敵が苦しみ出したけど。アンタ、何もしてないでしょ」
「何もしていないように見えるのも無理はないかもしれませんね。私は体に取り込んだことのある生物であれば、水分量を調整できるんです。あのドラゴンはセイン王国ではよく食べられておりまして」
「……つまり?」
「内臓の水分を奪ったらああなりましたわ?」
「えっっっっっっっっっっっぐ」
私とマイカちゃん、そしてニールを慕っていた筈のフオちゃんまでもが絶句した。すごい能力だとは思うけど、あまりにもえげつない。っていうかそんな内容なのに、ゴージャスプラッシュなんて名前おかしいよ、絶対間違ってる。拷問水とかにした方がいい。
「もちろん、普通に水の魔法も使えますけど、あの場合はああやって一掃するのが一番手っ取り早いかと思いまして」
「そ、そう……」
それについては間違っていない。下手に射出タイプの呪文を放てばクーに当たってたかもしれないし。まぁ、状況判断は極めて冷静だし、多少エグいのも彼女の個性として受け入れようと思う。うん……。
そうこうしてる内に管理塔が見えてきた。屋根が無くなったので、声が掛けやすい。私は崩壊したレンガの端から覗いている白い長髪をした後ろ姿に声を掛けた。
「レイさーん!」
「おっ! 来たねー! クロ、起きて!」
「ん? あぁ。おはよ」
周りは包囲されてるというのに、優雅にお昼寝をしていたらしい。なんていうか、クロちゃんってすごいよね。重たいまぶたをなんとかこじ開けようとしている黒髪の少女を見て、「巫女って本当に変人ばっかりだな」って、ちょっと感激しちゃった。
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