第138話

 オオノ達の家に戻った私は簡単に事情を説明する。勝手に言っていいものかとちょっと迷ったけど、特にオオノには伝えておいた方がいいと思ったから。

 私から話を聞き終えたオオノは目を丸くしてあんぐりと口を開けていた。そんな顔するんだ……。


「はぁ……? ルリさんと姉さんが……?」

「おいオオノ。お前、本っっっっ当に女に不自由しない人生送ってきたんだな」

「女がいなくても俺は不自由しないけどな」

「ふぅん」

「マトがいないと困るけど」

「うるせぇよ」


 イチャついてる二人のことは置いといて。

 オオノはヤヨイさんがルーズランドに戻らないことも、これからマッシュ公国を目指すことについても、異論はないようだ。ま、血が繋がってると言っても他人なわけだしね。ヤヨイさんとオオノはこういう距離感なんだろう。いがみ合ってるわけでもないんだし、それも有りだよね。


「じゃあ、私達は封印を解いてくるけど。それでいい?」

「あぁ。頼む」

「なぁオオノ。今回こそオレ達も行った方がいいんじゃないのか? 二人にばっか面倒を押し付けるのは良くないだろ」


 マトがオオノに小さく耳打ちすると、それを聞いたマイカちゃんは呆れた調子で言った。


「マト、アンタってホントにアホなのね」

「はぁ!?」

「オオノとあの魔族の力は密接に関係しているのよ。誰かに見られて変な噂を立てられたり、魔族に勘付かれて力を強請られたりしたらどうするのよ」

「あぁ……そっか」


 マイカちゃんの言い方はだいぶあれだったけど、間違ったことは言ってない。ここは私達に任せてと伝えて家を出た。


 善は急げだ。沼地に到着すると、先日の戦いのあとがありありと残っていた。ほとんどはエビルKの触手がやったことだけど。木々がなぎ倒されたり、不自然に地面がえぐれたりしている。

 エビルKはちゃんとそのまま凍っていてくれた。これでどこかに消えてたらすごく焦ったと思うんだけど、そんなことはなかった。本当によかった。


 私は氷漬けの触手に触れると、封印を解除するよう女神に念じる。本当にいいの? と聞かれたけど、もう決めたことだ。私は、うんとだけ言って、神経を手のひらに集中させた。


 ほどなくして氷が溶ける。ぼとりとエビルKは地面に落ち、はっとして辺りを見渡す。自分の身に何があったのか、大体を理解しているようだ。ふよふよと宙を漂いながら、吐き捨てるように私に言った。


「おい。オレ様の封印、解いていいのかよ」

「うん。ただ、返答次第では、もう一度戦うことになるよ」

「あ……?」

「私はさ、例え魔族だろうと、言葉が通じる相手を無闇に殺したりしたくないんだ。だから、そうしなくていいように色々と準備してたっていうか」

「……オレ様は、ドボルを生み出すように作られた存在だぞ」

「分かってるよ。多少はしょうがないって、向こうも納得してる。エビルKも、ここが気に入ってるんだよね?」


 彼は何も言わなかった。マイカちゃんとクーは少し離れたところから、成り行きを見守ってくれている。危ないからここに居てなんて言って離れてきたけど、また怒らせるようなこと言ったら本当に洒落にならないので。

 エビルKは、私の言ったことは理解してくれたらしい。そして反発するつもりもなさそうだ。彼の性格上、逆上するなら既にしてるだろう。元々長居するつもりはなかったので、私は「それじゃね」と言って、踵を返した。


「なぁ、おい」

「どうしたの?」


 声がして振り返る。エビルKは私にだけ聞こえるように、ありがとな、と言った。交渉は成立だ。私は妙にかしこまった様子の彼を見て笑った。


「人間にお礼を言うなんて、ちょっと変だよ」

「うるせぇやい」


 そうして彼は、私達が燃やして埋めてしまったのとは別の洞穴に消えていった。よく考えたら私達も結構酷いことしたな……。お家破壊してごめん……。


 外はもう暗くなりつつあったけど、私達はオオノの家に行って、沼地であったことを伝えた。オオノとマトはほっとした表情をしている。


「そうか。色々と助かった」

「マジでありがとうな」

「ううん。あのさ、オオノの術って、どうやって作ったの?」

「俺の術? あぁ、俺の家系は元々占いや呪術に特化した一族なんだ。代々伝わっていたもので、俺が開発したものじゃない。でも、ドボルの発生の経緯なんかを聞くと、ルーズランドに流された奴が何かを強く恨んで、魔族の力を借りたりして出来た魔法なのかもな」


 オオノはグラスを傾けながら、なんてことないという様子でそう言った。これを聞いて黙っていられなかったのはマトだ。


「……なぁオレ、魔法のことはよくわからないけど、それってオオノに悪影響だったりしないのか?」

「そんな話は聞かないから安心しろ」

「でも、最近ずっと辛そうだったじゃんか」

「マト、魔法は闇の属性じゃなかったとしても、酷使すれば体に影響が出るんだよ。オオノが特別って訳じゃない」

「そうなのか……よかった。でも、じゃあなんでランは平気なんだ? 魔族を封印するって相当の魔力使うだろ」

「魔術師は魔力を媒介に精霊や女神に呼びかけるけど、私は直接声が届く特異体質だから全然平気だよ」

「チートじゃねぇか」

「よく言われる」


 マトはエプロンを外しながら私を見ていた。妙な視線を向けられた私はからからと笑う。

 マイカちゃんはマトが作った軽食を静かに食べているところだ。味の付いた米を卵で包んだ家庭料理で、私もこの間ご馳走してもらったけどすごく美味しい。前回、マイカちゃんが気に入っていたのを覚えていたらしく、マトはを作って待っていてくれた。ちなみにクーはテーブルの上に座って木の実を頬張っている。あのテーブル周辺だけ異次元みたいに空気が違うんだよなぁ……。


 エビルKについての報告の他に、もう一つ。オオノには伝えておかなければいけないことがあった。


「私、柱からフオちゃんを連れ出すよ」

「……は?」


 マイカちゃんは食事の手を止めてこちらを見る。その目は、言っていいの? と私に訴えているようだった。


「ヤヨイさんの話を聞いたら、黙ってるのも悪い気がしてさ。私達の旅の目的は、柱の封印に命を捧げることになった巫女達を救うことなんだ」

「嘘、言ってる風には見えないな……」

「当然でしょ。事実だもの。私達は自分の街を守る為に巫女を救うの」


 マトは唖然としている。お前らが封印者だったなんて……と呟きながら。そして、既に何も残っていないお皿の上を二度見した。食べる量はもちろん、スピードもすごいからね、マイカちゃんは。


「フオは、俺の親友なんだ。俺がこんななのもあいつは知ってる。会えたら伝えてくれ。今度、彼氏紹介するって」

「ふふ。分かった」


 そうして私達は宿へと戻った。隣の部屋に、見知らぬ家族が入っていくのを見た。私はひっそりと、ヤヨイさんの旅が安全で、できれば楽しいものであることを祈った。


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