第139話
翌朝。久々にゆっくりと眠れた私達は、少し遅めの朝食をとってから部屋に戻ってきた。部屋に据え付けられている椅子に、マイカちゃんと向かい合うようにして座っている。私達の間ではクーがぽりぽりとエサ屋さんで買った木の実を食べているところだった。
この街でも色々あった。オオノとマトと出会って、珍しいお店に行って、魔族と戦って。街に入る頃は想像もしていなかったことばかりだ。
「マイカちゃん。今日、この街を出ようと思う」
「……そうね。そんな気がしてたわ」
「ク?」
私は、気にしないで食べてていいとクーの頭を撫でて、話を続けた。
「ヤヨイさんはともかくとして、オオノはそんなに体力に自信がある感じにも見えないから。多分ルーズランドとこの大陸って、そこまで離れてないと思うんだよね」
「根拠が何気に失礼だけど、私もそう思うわ」
「オオノ、今頃くしゃみしてるだろうね」
マイカちゃんは笑いながら荷物を持って立ち上がった。と言っても、それまで使っていた鞄は私の分も含め、全部あの謎のバッグの中だ。軽装とはいえそれなりにあったはずの荷物は、全部なんでも入るというあのウエストポーチに収容されている。
出発の気配を察知すると、クーはマイカちゃんの背中に移動して、木の実をもぐもぐしている。それからうずうずして、私達がチェックアウトを終えて外に出る頃にはマイカちゃんの肩を行ったり来たりしていた。体力がつくという木の実を食べたのだろう。もしかしたらクーなりに、出発の準備をしてくれていたのかもしれない。
門の向かう道で、来た当初は圧倒されっぱなしだった街の空気に、すっかりと自分が馴染んでいることに気付く。きっと、今日この街に初めて入った人は、私達と同じように驚くのだろう。もしかすると今もどこかですれ違って、私達が驚かせる側になっていたりするのかもしれない。そう思うと少しおかしかった。
門には勤務中のマトとオオノが居た。マトは受付みたいな席に座って、オオノは少し離れたところで周辺を警戒しているようだ。
「え!? お前ら! もしかしてもう行くのか!?」
「えぇ」
「マジかよー……」
マトは席から立ち上がると、私達二人を両腕で抱きしめて、元気でやれよ〜なんて涙声で言っている。私達もしっかりとマトに抱き返したけど、彼はなかなか離してくれなかった。
歩み寄るオオノに「混ざる?」と聞きながら片手を上げてみる。
「遠慮しておく」
「だよねー」
「と言うと思ったろ」
「へ?」
オオノは悪戯な笑みを浮かべると、マトの後ろから彼ごと私達を抱き締めた。これには私はもちろん、マイカちゃんまで驚いているようだ。マトは間に挟まれて変な声を上げている。
「ドボルのこと、姉さんのこと。色々世話になった」
「いいって」
名残惜しく思いつつも、私達はどちらからともなく離れる。
今まではあまりクーを人前で大きくしたりしなかったけど、この二人に見られたところで何ともないだろう。むしろ、クーはただのペットなんかじゃないって、二人には知っておいてもらいたい気持ちすらあった。
「クー。いける?」
「クッ!」
クーはマイカちゃんの肩から飛び降りて身体を何倍にも大きくさせた。いつもの二人乗りのサイズよりも少し大きい気がするけど、もしかしたらオオノ達に大きくてカッコいい姿を見せたいのかもしれない。大きいとその分速いので、私は何も異論はなかった。
「うえぇぇ!?」
「おいおい、マジか」
二人は大きくなったクーを見上げて唖然としている。二人どころか、城壁の上にいたらしい兵士さんからも悲鳴が聞こえてきた。
「じゃ、行くよ。また会おうね」
「おう! 絶対だぞ!」
「今度は俺の手料理食わせてやるよ」
「美味しいの?」
「いいや、壊滅的だ」
「何よそれ」
そうして、私達は笑って手を振り合って別れた。小さくなっていくマト達に、見えなくなるまで。
「来たときはどうしようかと思ったけど、いいところだったね」
「そうね。……ところでラン」
「何?」
「適当なところで下ろしてくれる? 着替えがしたいわ」
「あっ」
言われてみれば……マイカちゃん、まだ付け髭してるじゃん……馴染み過ぎて忘れてた……。
見晴らしのいい草原に下りると、マイカちゃんはクーの翼で周りを包んで、即席の試着室が完成させた。クーが何かに気を取られて翼を広げたら、巡り巡って私が怒られそう。そんなことを考えつつも、翼の下から見える脚から視線を外せないでいる。……私、普通にスケベだな。
「クー、もういいわよ」
「グゥオォ」
「ありがとね」
出てきたマイカちゃんは見慣れた格好をしていた。久々だったからか、それが逆にすごく新鮮で、妙に可愛く見えて。私は思ったままを口にした。
「マイカちゃん、可愛いね」
「……!?」
「あ、ごめん。なんかすごく可愛かったからつい……。それじゃ、行こっか」
私はクーの背中に乗り込もうとしたけど、真っ赤な顔をしたマイカちゃんに途中で叩き落とされてお尻から着地した。一瞬息が止まる。どう足掻いても、痛い目に遭う星の元に生まれたんだって思うことにした。
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