第134話

 クーの餌を大漁に買い込んだ私達は街を散策していた。体力が持続する効果がある餌というのを手に入れたので、試しにクーに一粒食べさせてあげると、「クォー!」と言ってずっとマイカちゃんの肩から肩を走り回っている。クーに注意しながら困っているマイカちゃんはなかなか新鮮だ。


「こら、クー。分かったから。やめなさい。クー」

「まぁまぁ。これさえあればそのまま海を越せるかもしれないし。いい買い物したって」

「それは分かるけど。こらっ服に爪引っ掛けちゃダメよ」

「クー!」


 今日の宿の夕飯はビュッフェなので、外で食べるのもありだ。ヤヨイさんのことを考えると、宿にいる時間は少ない方がいいだろう。そうして適当な店に入って食事を済ませた私達は、かなり遅くなってから宿に戻ってきた。


「隣の部屋はまだ灯り点いてなかったわね」

「そうだね。ヤヨイさんもどこか行ってるか、もしかしたらもう寝てるのかもね」

「私達も早く支度して電気消しちゃいましょ。絡まれたら面倒くさいし、余計なことを言わない自信がないわ」

「あ、自覚あったんだ」

「どういう意味よ、それ」

「ううん?」


 私は笑顔でその質問を回避すると、部屋着に着替えた。マイカちゃんの支度が終わったのを見届けると灯りを消す。

 それからいつものように同じ布団に入って、腕を強奪された。最近、マイカちゃんは私の腕を奪って勝手に枕にする。嫌じゃないからいいんだけど、ちょっと痛いんだよなぁ……。


 マイカちゃんを後ろからハグするみたいに、身体に腕を重ねる。まだすぐは眠れないから少し話をしようと思った。というかずっと気になっていたことを訊いた。


「マイカちゃんってさ」

「何よ」

「私のどこがいいの?」

「はぁ!?」


 唐突に脇腹に肘が刺さって、私はうぐっと呻くことしかできなかった。酷い……意味分かんない……。


「ったぁー……だって、マイカちゃんから見た私って、職人としても半人前だろうし、ヘタレだし、客観的に見ていいところが無いっていうか……なんかきっかけになることがあったの?」

「……言いたくない」

「そっか」


 聞いたものの、嫌がる子にしつこく問い続けるようなものではないと判断した私は目を閉じた。すると、マジで意味が分からないんだけど、またマイカちゃんの肘が脇腹に刺さった。


「ったい!」

「なんでそこで引き下がるのよ!」

「言いたくないって言ったのマイカちゃんだよね!?」

「言いたくないけど伝えたくないなんて言ってないのよ!」

「トンチやめて!?」


 もう……どうしたいの……。途方に暮れていると、マイカちゃんはぽつりと言った。ランは強いわよ、と。

 私は、強くなんかないのに。っていうかマイカちゃんの方がよっぽど強いのに。だけどそれを今言うのは不適切な気がして黙っておくことにした。


「かなり前の話なの」

「……え?」


 かなり前っていつの話だろう。まさか、幼少期? それこそマイカちゃんに好かれるようなことをした記憶はないけど。そんなことを考えていると、マイカちゃんは話し出した。


「……ランのお父さんが亡くなったとき、父は言ってたわ。これからはランはうちで面倒見ようかって。母は、もう大人だからそれは厚かましいんじゃないかなんて言ってた」

「そう、だったんだ……」

「どこか嫁に行く先を探してあげた方がいいんじゃないかとか、両親は真剣に話し合ってた。私はそれを聞いて、なんとも言えない気持ちになったわ」

「そっか……」


 父が亡くなったのは八年前だ。あの時、マチスさん達は私の将来をそんなに真面目に案じてくれていたのか。そんなこともたった今知って、胸の奥がじんとした。


「三人でランの家に向かったの。そうしたら、もう聞こえない筈の音がきこえた。剣を打つ音よ。窓から見ると、泣きながらハンマーを握るランがいた」

「……あぁ。見てたんだ」

「……ごめんなさい」


 生まれた頃から母がいなかった私は唯一の肉親である父を亡くして、どうしたらいいのか分からなかった。父と一緒にしたことなんて鍛治仕事くらいだ。私は思い出をなぞるように、ただハンマーを振るった。

 当時のことを思い出すと、未だに自分でも痛々しく感じる。その時の横顔はマイカちゃん達にはさぞかし悲痛なものに映っただろう。


「いつもヘラヘラしてて。誰かと意見が衝突したらすぐ譲っちゃう。そんなお人好しのランの奥に眠る何かに、私は魅かれたのかも。多分、それからランのこと意識するようになった」

「……そっか」

「ごめんなさい、お父さんが亡くなった時の話なんてして」

「いいよ。聞きたいって言ったのは私だし」


 なんとも言えない沈黙が流れたあと、マイカちゃんは続けた。


「母はそれから、「お嫁に行く先を探してあげよう」なんて言わなくなったわ。滅多に泣かない父が、静かに涙を流しながら「俺でよけりゃなんでも教えてやる」って言ったのも覚えてる」

「……そっか」

「いつか、もしランが私のことを好きになってくれたら、その時はランも教えてね」

「……そうだね」


 私はマイカちゃんの枕になっていた腕を曲げると、彼女の顎に触れてこちらを向かせた。そして、少し身体を起こして触れるだけのキスをした。


「おやすみ」

「……うん」


 マイカちゃんは何か言いたそうにしてたけど、何も言わなかった。急に何すんのよって言ってしばかれたらどしようかと思ったけど、本当に何も言われなかった。

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