第72話
お店の中に入った私達は、予想外の光景に唖然としていた。客に与えられているのは、入口側の細長いカウンターのようなテーブルで区切られたスペースだけ。奥はパーテーションで区切られていてよく見えない。半分以上がオフィス、というか事務所らしく、客は入れないようになっていた。
入口のすぐ近くには空いた椅子が何脚かあり、そこに腰掛けようか迷っていると、奥から声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。すみません、お出迎えが遅れて」
慣れた調子で私達を出迎えてくれたのはびしっとスーツを着こなしたお姉さんだった。よく見ると他にも、書類を抱えて足早にパーテーションの陰から陰に移動する女性や、その奥には何やら資料を探す男性の姿も見えた。
紺色のスーツはここの制服らしいと察しながら、椅子を引いて腰を下ろした。
「担当させていただくフィルと申します。では早速ですが、本日は二人でお住まいの物件をお探しですか?」
突然の問いに私は固まった。二人でお住まい……? 二人って、私とマイカちゃんのこと……? 私はクーの寝床を確保してあげたくてここを訪ねたんだけど……。
困惑していると、隣から「そうとも言えなくもない、のかしら」なんて言い出した。しゅばっと彼女の方を向くと、マイカちゃんはしたり顔で言った。
「これはあのドラゴン大好きノームさんの試験みたいなものよ」
「どういうこと……?」
「気付かないの? きっと私達が本当にクーを引き取るに値する人間か、確認してるのよ」
彼女の言うことには違和感しかなかった。ノームさんが私たちの経済力というか、そういうものを気にしたり心配しているというならまだ分かる。おじさんから見れば私達なんてただの小娘だし、しかもなんだかよく分からない条件の飛竜を欲しがっていた怪しい女二人組だ。
だけど、こんなまどろっこしいことを彼がするかな。気になることがあるならもっと正面から聞いてくると思うんだけどな。
「”二人でお住まいの物件”って言い方で確信したわ。私達にしてみれば納屋のようなものでも、クーにとってはお家だもの。一緒に暮らすような気持ちで探せってことじゃないかしら」
「まぁ……じゃあ二人って?」
「え? 私とクーでしょ?」
「私は!? っていうかさっきからマイカちゃん言ってることおかしくない!? ここ多分普通に不動産屋さんだと思うよ!?」
「……うん、ランはそう思うならそれでいいわ」
「いやなんで【こいつうるせぇからそういうことにしといてやろ】みたいな笑み浮かべてんの!?」
私達は小声で怒鳴り合う。というか珍しく一方的に私が怒鳴る。だけどマイカちゃんは完全にスルーだ。何も知らずに騒ぎ立ててる可哀想な女としか思ってない。
そうして私は気付いた。彼女がそうしたいのなら、しばらくそういうつもりで受け答えさせてみよう、と。
「失礼ですが、お二人はどういうご関係ですか? それによって必要書類が異なりますので」
「パートナーよ」
「………………なるほど、分かりました」
うわぁ。いま、クールビューティーって感じの店員さんの目が大きく開いたよ。職業柄というかなんというか、大したリアクションはされなかった。まぁ本当にいるんだろうね。ここは大きい街だし、そういう人達が居ても、なんらおかしくない。
「条件はございますか? 例えばお風呂とトイレは別とか、広い方がいいとか。あとはご予算など」
「そうねぇ、居心地が良くて、日当たりがいい方が嬉しいわ。予算については気にしないで」
「なるほど。では、南向きの物件をいくつか見繕いたいと思います」
いい感じで話が噛み合ってしまっている。私はそれを傍観しながらマイカちゃんの横顔を見つめていた。彼女の目は輝いていた。どこで好感触だと思っているのかは分からないけど、謎の試験を上手いことパスしていると思っているに違いない。
「あとは……間取りはいかが致しましょう」
「間取り……一部屋じゃないの?」
「ワンルームをご希望、ということでしょうか」
「今までは牧場でずっと外だったから、ちょっとよく分からないわ」
マイカちゃんが眉を下げて呟くと、フィルさんの目がまた大きく見開かれた。そうしてちらっと私の方を見る。マイカちゃんのしたいようにさせると決めたので、私は柔らかく微笑むだけだ。これで私達が牧場暮らしのホームレス同性カップルだとお姉さんに誤解されたワケだけど、その辺彼女はどう思ってるんだろう。まぁ、なんとも思ってないんだろうな、まだ気付いてなさそうだし。
フィルさんはすぐ戻ると告げて席を立った。そうしてファイルを抱えて戻ってくる。ばっと広げられたそれらを見れば、さすがのマイカちゃんも察するだろう。
「これは……まるで人間の物件だわ」
いやまるでも何もそうだからね。ほら見なよ、フィルさん困ってるじゃん。お前ら人間じゃないのかよって顔してるじゃん。人外ホームレス同性カップルとかどう考えてもヤバい客じゃん。
もうそろそろマイカちゃんにも気付いてもらわないと、迷惑をかけることになる。会話に割って入ろうとしたところで、今度はフィルさんが呟いた。
「あの、もしかして、駐竜場をお探しですか……?」
「え? ちゅーりゅーじょー……?」
「えぇ。当社は馬車を停めておく駐車場、飛竜の小屋である駐竜場のお取り扱いもあるので」
マイカちゃんは黙る。いや最初からそのつもりだったけど? とでも思っているんだと思う。そろそろいいかな。私がフィルさんの言葉を肯定すると、彼女は慌てて立ち上がった。おそらくは駐竜場とやらの資料を持ってきてくれるのだろう。
「ねぇ、ラン」
「だから言ったじゃん。不動産屋さんだったでしょ?」
「……ばか! 早く言いなさいよ!」
「いった! 言ったじゃん!」
フィルさんが戻ってくるまでの間、私はマイカちゃんに背中を叩かれ続けた。背骨折れるって、マジで。ねぇ。
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