第229話
マイカちゃんは動かなくなったウェンを見つめて、難しい顔をしている。起き上がってこちらを攻撃してこないかを警戒しているのかもしれない。それとも、最後まで正々堂々と戦う姿勢を示した彼に、何か思うところがあったのだろうか。
そして、勇者の気配に気を配りながら、私達は話を続けた。
「フオちゃんの言う通りだと思う……そうだね、何か考えないと」
「考え方はいくつかある。だけど、単純なのは、お前が勇者を殺すことだ」
「……ラン、今更ビビったりしてないでしょ」
「うん。元から覚悟してた。積極的に殺したいわけじゃなかったから、色々手を打ってただけ。このまま何も思いつかなければ、殺すしか、ないと思う」
殺す、何かの比喩ではなく、現実的な話としてこんな言葉を口にしてる自分が少し怖い。だけど、向こうは本気だ。ただでさえ強い敵を相手にして、手加減できるほど、私は強くない。
「……じゃあ、あとはどうやって殺すか、だな」
「光の壁に閉じ込めてあるんでしょ?」
「うん、そうだよ」
マイカちゃんは私の返事を聞くと、腕を組み直して「じゃあ」と切り出した。何か秘策があるのだろうか。
「その壁が徐々に迫っていって、そのまま圧死させるのはどう?」
「なんでそんな怖いことを思い付くの? 怖い」
「そんなじわじわ殺すよりも、壁に閉じ込めたまま、その伝説の剣で刺すのはどうだ?」
「私、フオちゃんのことは信じてたよ」
そりゃ、残酷じゃない殺し方なんてないかもしれないけど。無抵抗な相手を失敗した手品みたいな目に遭わせるのは気が引ける。あとあそこ民家だし。自分の家を殺害現場にされるなんて誰だって嫌だろう。
「ラン、気持ちは分かるけど、やらなきゃ。できないなら私がやるわ」
「うぅん……」
「迷ってる暇なんてないぞ」
「……分かった。ただ、あそこは人の家だから。あいつを広場にさせてからにする。それでいいよね」
「分かったわ」
「そーいや民家にいるんだっけか」
折衷案として、ここで彼の息の根を止めることにした。やだやだ言ってても仕方ないし。無抵抗な人間を刺し殺すのは嫌なんて言ったけど、抵抗されたら困る。すごく。
私はこれしかないと自分に言い聞かせ、勇者がいる民家へと向かう為に振り返った、その時だった。
足を向けようとしていた民家の壁が吹き飛んだのだ。支えを失った家屋は呆気なく崩れ、辺りに轟音が鳴り響いた。誰の仕業か、分からない人はいなかった。
「遅かったか……!」
「くっそ……!」
瓦礫や土煙が舞って付近の様子は見えない。だけど、邪悪な気配だけははっきりと伝わってくる。元々魔力を備えていないマイカちゃんですら、邪気は感じ取れると思う。
「ちょっと……なんか変よ」
「なんだ、あれ……」
中から見える影が、明らかに人のそれじゃなかった。ウェンも狼男みたいになってたけど、アレはその比じゃない。もっと禍々しくて、ワケの分からないもの。そう、あれは、化け物だ。
中からゆっくりと出てきたそれは、色も質感も、全てがつぎはぎのような怪物だった。体の至るところから手や頭が出ている。色んなモンスターの体を分解して好き勝手にくっつけてたらああなった、というような造型だ。
見た目だけでも十分エグいのに、それぞれが意思を持っているようで、ぐねぐねと動いたり、声を発したりしている。
「キッモ……」
「あれ、勇者なのか?」
「た、多分……」
今からアレと戦わなきゃいけないことを考えると否定したかったけど、間違いない。様々な種族の気配の中に、彼のあの、まばゆい光のオーラを感じるから。
「だから嫌だったんだ。しかし、こうでもしないとあの壁は破れなかった」
「……アレ、どこから声出してるのよ」
「多分だけど、中からじゃないかな」
カイルの声は響いてくるのに、彼の顔はどこに見えない。何かに遮られているような音に聞こえるから、おそらくはあの中に彼の本体がいるのだろう。
目の前の化け物が手を握って動きを止める。「……ウェンみたいな必殺技出そうとしてる?」と呟いて警戒したマイカちゃんに、彼は言った。
「まさか。くだらない」
彼はただ、体の具合を確かめていただけのようだ。マイカちゃんの発言を一笑に付すと、今度は腰のような場所を捻っている。シルエットだけなら巨人のように見えるから、一応人の形を成そうとしているんだと思うけど……魔術の禁忌を犯したとしても、あんな姿にはならないはずだ。
だけど、そんな彼の常識外れの姿よりも、気になることがあった。
「……お前、なんとも思わないの?」
「何がだ」
「ウェンもヴォルフも……倒れてるじゃん……」
私は彼らに見やってそう言った。うん、「よくも仲間を!!」って怒られたらそれはそれで大変なんだけどね。それでも確認せずにはいられなかったんだ。
「倒れてるな、とは思った。だけどそれだけだ」
つまらないことを訊くな、とでも言いたげな態度に強い憤りを感じる。だけど、私よりも早く、マイカちゃんが声を荒げた。
「仲間が死んでるかもしれないのに、なんとも思わないワケ!?」
「人聞きが悪いな。僕だって、何とも思わないワケない」
そして言った。
「だって、不便だろ。いないと」
「お前ええ!!」
殺そうか迷ってたのかバカみたいだ。私とマイカちゃんは、臆することなく、巨大な化け者へと駈け寄った。
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