第230話

 カイルの発言に聞いて頭に来たのは、私とマイカちゃんだけじゃなかった。ニールを抱きかかえて、回復に集中していたフオちゃんまでもが顔を上げる。


「てめぇ! 不便ってなんだよ!」

「そのままだ。なぁ、僕に人間らしい感情を求めるな」

「……まさかお前、悪魔なの?」

「はは、なら良かったのに」


 この返答の意味はよく分からなかったけど、悪魔と比べられること自体には何も感じないらしい。化け物はゆっくりと手を動かして、本能的に危険だと察知した私は、握っていた剣を久方ぶりに振った。

 動かし始めたと思っていた化け物の手が、次の瞬間には振り上げられている。そんな風に見えた。要するに、ほとんど目で追えなかった。


――何かヤバいのがくる……! 守って!


 私が反射的に作り出した暴風の壁は、投げ飛ばされた何かの腕達を細切れにした。あの化け物は無数に生えた腕を使い捨てにして飛ばしてきたのだ。速くて見えなかったけど、そのどれもが空中でぐしゃぐしゃになって、赤や緑、紫色の血を撒き散らしながら地面にボトボトと落ちていった。


「……っ」


 ただ腕を投げつけているだけとはいえ、中には大型獣らしき腕もあった。当たったら大怪我をしていただろう。

 私は剣に炎を纏わせ、風の精霊の力を借りて動いた。策があったワケじゃない。私がじっとしていたら、マイカちゃんが先に行動すると思ったから。ここは私が戦わなきゃ、駄目だ。彼女をこれ以上危険に晒したくない。

 本体の腕は、真っ直ぐ私に伸びてきた。足払いのような低い攻撃に合わせ、空中に風で足場を作ると、それを一気に駆け上がる。後を追ってさっきと同じように腕が飛んでくる。今度は見えた。


「やぁっ!」


 精霊の力を借り、こちらに飛んできた腕を撃ち落とすと、滞空中に剣を振りあげる。


「これで、どうだ!」


 化け物の属性は未知数だ。ビジュアル的にはどう見ても闇って感じだけど、身体を構成している生き物の全ての属性をその身に宿し、大元となった勇者は身体に光属性を持っている。ぐちゃぐちゃになっていてはっきりと分からない。

 とりあえずは剣に宿る炎の属性を引き出してみた。しかし、その斬撃は燃えるように赤い大型生物の手によって阻まれてしまう。属性をぶつけてきた、はっきり言ってやりにくい。


「ぐっ……」


 せめてこいつだけは。そう思って振り抜いた。ガードのために伸びてきた腕だけはなんとか斬り落とせたけど、これじゃキリがない。

 どさりと重たい音を立てて地面に落ちる腕には一瞥もくれず、私は敵と対峙した。


「マイカ! 大丈夫か!?」

「当然よ、これくらい。あんた達は大丈夫なの?」

「あ、あぁ」


 背後に目を向けると、治療に専念するフオちゃんと、いまだに目を覚まさないニールを、マイカちゃんが庇っていた。化け物の気色悪い腕攻撃を魔法や剣で撃ち落としつつ、後ろから聞こえる会話にも耳を傾ける。


「逃げるわよ!」

「でも……ニールの体を今はこれ以上動かしたくない」


 二人とも間違ったことは言っていない。すぐにここを離れるべきだし、体が凍ってしまっているニールを動かすのは危険だ。あんまり考えたくないけど、どこかにぶつけたりして割れたらシャレにならないし。


「アンタ死ぬかもしれないのよ! ニールの体も心配だけど、今は」

「駄目だ」


 短く、明瞭な声がした。

 私は土の壁を作って激しい攻撃を防ぐ。


「あたしはこの世には自由があることを知った」

「フオ……」

「ニールが、教えてくれた。こいつはあたしの自由そのものだ」


 土の壁が崩れそうになったので、崩壊する前に化け物の方へと倒してみる。ダメ元だったけど、少しでもダメージが入ってくれれば。


「あたしは、死んでも自由を手放さない」


 フオちゃんの固い決意を聞き届ける。この子はどうやったってここを退かないって、「駄目だ」って言われた時には分かってた。

 化け物は体に倒れてきた壁を壊すついでみたいに、大型獣の脚を飛ばしてくる。壁のせいで予備動作が見えなかったので、反応が遅れてしまった。気付いたときには私の横を通り過ぎていた。間一髪で私には当たらなかったけど、背後にいる子達は……。


「……!」


 誰かの悲鳴が響くことはなかった。振り向くと、大きなツメの生えた茶色い脚が真横の路地まで吹っ飛んでいた。マイカちゃんは殴り飛ばした格好のまま言う。


「……私は、アンタの意思を尊重するわ」


 マイカちゃんは、フオちゃん達の前に立った。二人を守るということだろう。マイカちゃんが守ってくれるなら心強い。だったら、私のやることは一つだ。こいつを倒す。そして、そのためにはできるだけ的を増やしたい。私やマイカちゃん達が攻撃される機会を減らせれば、かなり楽になるはずだ。

 剣を握り直して、地面に突き立てる。武器に宿る闇と氷の魔力を解放すると、地割れが起き、そこから黒と水色で彩られた龍が現れた。

 莫大な魔力で動くそれは、化け物を敵と認識すると一直線に向かっていく。


「マイカはとてつもなく消耗してるはずだ! あたしには分かるんだよ! その場しのぎだけど、ランはさっき回復してやった! お前だけだ! ぶっ通しで戦ってるのは!」


 自分が作り出した龍の戦いを見守っていた私は、フオちゃんの言葉ではっとした。回復してもらった私ですら、こんなにキツいのに。マイカちゃんは……!


「……だったら、何よ」

「マイカ!」


 私は丈夫だから平気よ、なんて言って、彼女はフオちゃんの悲痛な呼び掛けを無視した。私は、どうすればいいんだろう。本人の言う通り、マイカちゃんはまだ平気そうな顔をしている、けど……何かあってからでは遅い。

 私の出した黒い水龍は押され気味だ。あれだけでどうにかできるとは思ってなかったけど、大した時間も稼げなさそうだ。次に何をすべきなのか、まだ思い付いていないのに。


 無数の様々な種類の腕が水龍めがけて飛んでいく。

 壊されてしまう。そう確信して……だけど突如現れた巨大な何かのおかげで、水龍は無事だった。これは、ゴーレムだ。私はこれを知っている。だって、これは。


「間に合った……」

「クロちゃん!!」


 振り返ると、そこには息を切らしながらゴーレムに向けて手をかざしているクロちゃんがいた。


「走り過ぎて気持ち悪い……マイカになりそう……」

「いつも吐いてるみたいな言い方やめなさいよ! 私が吐くのは乗り物に酔ったときだけよ!」


 かっこいい登場を台無しにするなんて、やっぱりクロちゃんはすごいな。

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