第19話

 私とマイカちゃんはそれぞれ簡単に名乗って、クロちゃんへと歩み寄った。だけど、彼女の警戒っぷりは尋常じゃない。大丈夫だよ、この人ちょっと怪力だけど、私以外の人に暴力振るったりしないから。多分。


「嘘だ。絶対嘘。嘘としか思えない。嘘つきの目をしている」

「ねぇこの子噂に聞いていた子と全然違うんだけど、クロちゃんじゃないんじゃない?」


 近付いて初めて顔が分かったけど、長い前髪から覗く眼光はどうみてもカタギじゃない。服装は真っ黒なローブ一枚という出で立ちだけど、これは生贄として捧げられたときの衣装ということで理解するとして……。いや違うかもしれないけど……なんか見習い黒魔導師みたいなんだよな……。

 性格だって普通の女の子って話だったけど……あっ、もしかして、ここに閉じ込められた影響で……?


「クロは私。あと言っておくけど、元々こんなだよ」

「ほ、ほんとに?」


 私達が危害を加える様子はないと見ると、彼女は少し警戒を解いたようだ。淡々とした低い声が、彼女の容姿にマッチしている。


「そりゃこんなところに閉じ込められたら暗い気持ちにもなる。全世界の人の死を願ったりして時間を過ごしていた」

「巫女じゃなくて魔王の素質を備え持ってるじゃん」


 怖すぎるわ。だけど、窓も無く、陽の光が一切差さないところにずっと閉じ込められていれば、まぁ理解できなくはない、ということにする。


「ねぇ、クロ。私達は今、どこにいるの?」

「……おそらくこの塔の真下。地中」

「げっ」


 生贄って塔の天辺に囚われてるもんだと思うんだけど……まぁここが闇の女神の力を借りる為の場所だと思えば、変ではないのか。

 私とマイカちゃんは目を合わせると、うんと頷いた。急がないと。急いで彼女をこの場から連れ去って、柱を消さないと。


「クロちゃん」

「何?」

「とりあえず私達と来てほしい」

「なぜ?」


 何故? じゃない! もういいから一緒に来て! そう言いたい気持ちを抑えて、私は彼女に語りかけた。元々巫女として育った子なんだ、理不尽な役回りだと彼女自身も思っているみたいだけど、いきなり役割を放棄することに抵抗を感じるのもまた当然だろうから。

 そうしてクロちゃんに、私達はハロルドの人間であることを告げ、旅に出るに至った経緯を語った。ふんふんと相槌を打ちながら、一応は真面目に話を聞いてくれているようだ。


「ご両親と暮らしたいとは思うけど、勇者が来たら、きっとあなたはまたここに連れ戻される。だから、安全なところが見つかったら、しばらくはそこで暮らしてもらえないかなって」

「……なるほど」


 クロちゃんはかなり前向きに検討してくれているみたいだ。あとひと押しだ。そう思った私はさらに言葉をかけた。


「全てが終わったら必ず村に返してあげるから。ね?」

「何に誓う?」

「え?」


 いやおかしいでしょ、ここは納得する場面じゃない?

 逆に何に誓ったらこの子は満足してくれるの?


「まずは全てが終わったらの”全て”というのが何を示すのか、そしてその約束は果たされるのかという保証が」

「うっさい」


 クロちゃんの発言を遮ったのは、マイカちゃんのげんこつだった。すごい……小手を着けた状態で、年下の女の子の頭を容赦なく……。


「い、いだーい!!」

「いいから言うこと聞きなさいよ! っていうか、私達は世界を救おうとしてるユーシャさまの言わば対立勢力よ!? そんな存在に何を期待してんの!?」

「自ら悪になりにいくスタンスやめてくんない!?」


 マイカちゃんの天誅により、とりあえずクロちゃんは私達に付いてきてくれることになった。もう完全に拉致の方向性になってしまったけど、早くしないと街が危ない。お祭りはそろそろ始まってる頃なんだから。急がないと。


 戻り方は聞かされてないけど、大体分かる。あの魔法陣を使えばいいんだ。私達三人は魔法陣の上に立つ。

 そうして息を整えて、同じようにディアボロゥに語りかけてみた。


 ――なるほどなるほど。まぁよい。私はそもそもこの戦に乗り気ではなかった。ただし、お前達……死ぬなよ?


 どういう意味?

 そう問う前に、それは私達を襲った。

 私達は天井に逆さまになった状態で立っていたのだ。


「!?」

「きゃーー!」

「……!!」


 頭から地上に真っ逆さま。このままだとそうなる。

 天井にある魔法陣が帰路のためのものだったとは、思いもよらなかった。


 私は咄嗟に自分の履いていた靴に、風の精霊の祝福を付与した。この間1秒以下。地面に衝突する寸前、重力に引っ張られていた体がふわりと軽くなる。二人を抱いて、触れている二人の服にも同じように祝福を授ける。


「くっ!」

「わぁ!? なに!?」

「体が……浮いてる……!?」


 そうして私達の体は、あと30センチのところで浮いていた。間一髪とはまさにこのことだろう。九死に一生を得たと確信しているこの瞬間も、冷や汗が止まらない。


「なんとか、なった……」

「ラン、だっけ? 何者なの?」

「ただの鍛冶屋だよ」

「すごい家政婦がいたもんだね」

「家事屋じゃなくて鍛冶屋だよ!」


 私達は地面に足をつけると、破壊したドアへと向かって歩いた。すぐに確認したいことがあったから。


 塔から出て振り返る。見上げると、黒い柱は嘘みたいに消えていた。ディアボロゥの笑い声が聞こえた気がした。

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