第18話
私達の足元には魔法陣があった。石で出来たなんの変哲もない床の一部に、異様な模様が赤く描かれている。幾何学的なような気もするし、なんだか適当に描かれているようにも見える。四角い形状の魔法陣の周囲は私達には読めない古代文字が刻まれていて、見るからに意味深な感じだ。
見上げてみると、階段を上ってきて随分と近くなった天井の真ん中にも魔法陣が描かれている。どういうことなんだろう。こんなことなら古代文字を少しはかじっておくんだったなぁ。
私にそれを学ばせようとする魔導師はそれなりにいた。鍛冶屋としてステップアップする為に、絶対に必要のない知識だと思ったから、彼らが押し付けようとしたそれらを私は全て無視したけど。中には魔道書を置いていった人だって居た。今でも家のどこかで埃を被っているはずだ。持ってくればよかったかも。
「魔法陣……? なるほどね……じゃあ、これは何だと思う?」
「うーん、おそらくだけど、ここが一見行き止まりに見えることと関係あるんだろうけど」
長い階段を登りきって、可能な限り塔の最上部に移動した。そこには魔法陣があるだけで何もない。だけど、しゅんとした顔で階段を下るには、まだ早いはずだ。
「昨日、タクトのおじいちゃんが言ってたよね。この塔は闇の最上級女神、ディアボロゥの祝福を受けているという伝説があるって」
「そうだっけ? クロって子に関する情報以外は、ただの言い伝えだと思ったから寝てたわ」
「寝るなよ」
良かった……ウトウトしながらもちゃんと私だけはおじいさんの話を聞いていて。マイカちゃんがこの手の話に興味があるとは思えないけど、まさか寝ていたとは。
私は一歩踏み出して魔法陣の上に乗る。つま先が魔法陣に触れた瞬間、異質な何かを感じた。全身に鳥肌が立つ。なんだ、これ。
「マイカちゃん、私にくっついて」
「は? やだけど」
「いいから!」
こういう時って普通拒否しないよね……。私は呆れながらマイカちゃんの細い腰を抱き寄せる。二人で魔法陣の中に入ると、手を天井に翳した。
「ちょ、ちょっと」
「この魔法陣……多分、転移用だ」
「なんでそんなことが分かるのよ」
「よく見てよ、これ。見覚えない?」
私達は足元を見つめる。私はマイカちゃんが「あ!」って気付いてくれるのをしばらく待ったんだけど、全然言わないから答え合わせすることにした。ピンとくる流れだったじゃん、もう。
「これ、ハロルドにあったワープの床に似てると思わない?」
「うーん、言われてみれば……床に描いてあるところとかそっくりかも」
「その理屈は危険だよ。子供が石で書いた落書きも該当するじゃん」
脳筋のマイカちゃんには分からなかったみたいだ。こうなったらもう実際にやってみせるしかない。勇者達はおそらく、神具とやらをこの床の上で使ったのだろう。そうしてディアボロゥに声を届けた。
だけど、私はそんなものを使わなくても、この魔法陣を発動させることができる、気がする。なんとなく。
「ラン?」
「ちょっと黙ってて」
私はいつもと同じように、武具に祝福を与えるときの感覚で、ディアボロゥに心の中で呼びかけた。私達に力を貸して、と。詠唱がからっきしな私はこれしか方法を知らない。
マイカちゃんは私をヤバい人を見る目で見ているけど、とりあえず今は無視で。頭の中で語りかけつつ、脳内のどこかから、あるいは世界中のどこかから見つけ出すように気配を探る。耳につく雑音がパッと消えたら成功だ。話し掛けた存在が返事をくれて、その声だけがやけにクリアに聞こえる。
それが、いつもの女神に話し掛けるときのイメージだ。なかなか見つからない相手に少し焦り始めた時、ふいに意識は繋がった。
――おぉ。驚いたな。私に直接声を届けることのできる人間がいるとは。ふふふ、ははは! 型破りな人間は嫌いじゃない。
頭の中で声が響いたかと思ったら、全身が気持ちの悪い浮遊感に見舞われる。マイカちゃんも同じだったようで、ぎゅっと私の腰に抱きついて、気持ち悪さに耐えているようだ。
「ちょっ、ねっ、折れる、折れるから」
「なんなのよこれ! 急に!」
「うんっ、私もね、急激な痛みに、翻弄されてる、マジで」
もしあとで無事にこの衝撃に耐えられたら、マイカちゃんの腕力でぎゅってされたら一般的な女性は死にそうになるって教えてあげなきゃ。
浮遊感から解き放たれて目を開けると、そこは全く別の空間だった。真っ先に視界に飛び込んだのは、暗い部屋の中、仄暗い灯りに照らされている女の子だ。ベッドの上に座って、驚愕の表情でこちらを見ている。
「もう本当に嫌だ。……え、誰?」
おそらく彼女がクロちゃんだろう。ディアボロゥが私の呼びかけに反応して、彼女の部屋に転移させてくれたらしいことを理解すると、全力でマイカちゃんを引き剥がして、床に手をついた。
「げぇっほげほ……っあー……死ぬかと思った」
「それはこっちのセリフよ! 怖かったんだから!」
私も肉体的に大分怖い思いをしたんだけど、まぁそれについては言っても仕方ないだろうから、とりあえずはこの場で最も状況が飲み込めてないであろう女の子に話しかけるとしよう。
「はじめまして。えっと、あなたをここから出すためにきたの、私達」
よろよろと立ち上がって魔法陣から出ると、少女はひっと短い悲鳴を上げて体を縮こまらせた。乱暴を働こうとする男みたいに扱われて悲しい。だけど、ここまで来たんだ。今更引き下がるわけにはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます