ふたりの家

第194話

 混乱する頭で、私はなんとかレイさんに尋ねた。ここはどこか、と。彼女は転送が上手く行ったことにはしゃいでいたけど、私が問いかけるとスタスタと転送陣から出ながら言った。


「ここ? コタンの近くの森の中だよ」

「へ……?」


 当初の目的ではここではなく、セイン国王城の地下にある巨大転送陣に再び飛んでハロルドに行くつもりだったけど、巨大転送陣に兵士が待ち構えている可能性を考慮して、急遽行き先を変更したんだとか。そのアイディアについては私も賛成だ。


「途中で詠唱変えたからヤバいかなーって思ったんだけどね」

「失敗したらどうなっていたんですの?」

「最悪は消えるだけ消えてどこにも出て来られなくなってたね!」

「死と同義だよね」


 頭を抱えたくなったけど、彼女の機転のおかげで、あれ以上の戦闘を避けられたと思うと、怒る気にもなれない。さらに巨大転送陣向きに呪文を唱えている間に、機能を一時的に制限することに成功したんだとか。できるからやったけど、意味があるかは分からないと言っていた。


「何かあったときの為にこの転送陣も作ったしね。これは制作者の魔力に反応して、ゲートを開くタイプのものなんだー。いやぁ、せっかく作ってみたから試したいと思ってたんだよねー」

「レイ、やっぱりこれ使ってみたかっただけなんだ」

「それがここに飛んできた理由の全てじゃないけどね?」


 さっきの嘘、ちょっとだけ怒っていいかな。いや、彼女のマッドな気質を今更どうこう言ってもしょうがない、か……。レイさんは「巨大転送陣からのアクセスだって、この転送陣だったら防げるかもなんだよ。理論上だけど。飛んできてくれないかな。上手くいったら勇者達を亜空間に閉じ込められるよ」なんて人の血が流れてるとは思えない発言をしている。


 私達には時間が無い。勇者が生きてるとほぼ確信できたこの状況で、のんびりと雑談をする気にはなれなかった。だけど、話を前に進めようとしたのは、意外にもマイカちゃんだった。


「で。これからどうするのよ」

「クリアしなければいけない問題をはっきりさせとこうよ。とりあえず私達の家に行かない?」

「それがいい。すぐ近くだし」


 レイさんとクロちゃんに促されて、私達は狭い小屋を出た。小屋は本当に転送陣のためだけに作られたもので、外に出て振り返ると、こんな小さなほこらのようなところに女六人がひしめき合っていたのが考えられないくらいのサイズだった。


「草……木がたくさん……これが森というものなんですね」

「すごいな……ニール、見ろよ。空がほとんど見えない」

「本当……」


 私達はフオちゃんとニールの発言に驚いたけど、すぐに納得した。片や砂漠出身、片や極寒の氷の大地出身だ。二人の新鮮な反応も当然と言えるのかもしれない。


「感激してるとこ悪いけど、人に見つかったら厄介だから早く来て」

「お、おう。ごめん」


 クロちゃんに促されると、フオちゃんは小走りで私達に追いつこうとした。ニールは、走るのが嫌なのか、普通に歩き続けている。マイペースの塊のような子だ、ホントに。それを見ていたクロちゃんは少し声を荒げる。なんとなく分かってたけど、この二人って相性悪そう。


 歩いて数分のところに二人の家はあった。樹々で視界が悪かったせいで、本当に近付くまで見えなかったけど、私達が寝床にさせてもらったタラさん達の家の倍くらい大きい。


「見た目はしょぼいけど、地下を拡張してるから結構広いよ」

「見た目以上に広いの……!?」


 私は驚いたけど、ニールとフオちゃんはふーんという顔をするだけだ。そっか、二人ともいいとこのお嬢様だもんね……なんていうか、驚くものによって生まれ育ちや価値観って出るよね……。


 そうして私達はレイさんとクロちゃんのおうちにお邪魔した。シンプルなデザインの家具が並んでいて、いかにも二人らしい家だと思った。髑髏や水晶のオブジェが無いのがちょっと意外だったけど。様々な背表紙の本が収められている本棚。小さな食器棚、ガラスの扉付きの本棚、木製のテーブルと椅子、全く同じ柄・大きさの本がびっしりと詰められた本棚。


「あのさ、本棚の圧が半端ないんだけど」

「ここにあるのは研究で使わない分だから。研究用のはレイの部屋と地下の研究室にまとめてある」

「まだあるの!?」

「転送陣のおかげでジーニアから荷物運んで来るの楽だったから、ついね。ま、とりあえず座っててよ」


 私達はテーブルに着いて、椅子が二脚足りなかったので、マイカちゃんとレイさんが奥の部屋まで取りに行ってくれた。そりゃ二人で暮らしてたら、六脚も椅子出しておかないよね。


「これ、どこに置けばいいかしら」


 奥の廊下から戻ってきたマイカちゃんは椅子を二脚抱えていた。軽々と持ってるけど、それぞれ女の子が片手で持っていいような重量には見えない。


「ここでいいんじゃない? ところでレイさんは?」

「せっかくだから飲み物を出したいんだけど、グラスが六人分もないから作るって言ってたわよ」

「飲み物じゃなくてグラスを!?」

「なぁ、レイって陶器職人か何かか?」

「まさか。レイは……なんだろう、研究者……? いや、でももうその肩書きは捨てたって言ってたし……無職……?」


 クロちゃんが代わりに答えようとしてくれたんだけど、なんかすごい誤解が生まれそうな紹介をしようとしてる。私は慌てて研究者だと伝えて、レイさんが戻ってくるのを待った。


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