ジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセス
第179話
お互いに怯え合う妙な空気が漂う。いつもはマイペースなクーですら、「あ、このひとやばいね」という感じで固まっている。
そんな中で真っ先に我に返って、声を発したのはマイカちゃんだった。
「ランは見ちゃだめ!!」
「いだい!」
私の頬に手を添えて、壁の方へ「ぐりん!」と強引に首を回される。半分ビンタみたいな感じだったから表面も痛いけど、それどころじゃない。私が上半身を捻って同じ方を向いてなかったら、多分首の骨が折れて死んでた。私は壁の方を向かされたまま、自分がまだ生きていることに感動しつつ抗議する。
「え!? なんで!?」
「はぁ!? 見たいの!?」
「いやそういうワケじゃないけど!!」
「急に現れた理由については伺いません」
姿はほとんど見えなかったけど、優しそうな顔をした女の子だった、と思う。彼女は突如現れた私達に驚きながらも穏やかな声で語りかける。もしかしたら何か事情があって、裸でここに連れて来られたのかもしれないと思えるくらい普通っぽい人だ。
「今はみなさんで力を合わせて虫さんをやっつけましょう」
「私達が騒いでんのはあんたが全裸だからよ!!」
「まぁ! そうでしたの!?」
前言撤回。やっぱこの人ヤバい。全裸で過ごしてるくせに、なんで「自分が原因かな」って1ミリも疑わないの? 怖いんだけど。
私は青い髪の女性に、とりあえず服を来て欲しいとお願いした。もちろん、壁を向いたまま。直視したらまたぐりんされそうだったから。
「服……あぁ。ではこれでどうですか?」
「えっと、ラン、一応もうこっち向いて大丈夫だぞ」
「あ、そう?」
フオちゃんに声を掛けられた私がやっと前を向くと、女性はベッドに潜って、肩から上だけを露出させていた。元々おっとりとした顔つきなんだろうけど、今はちょっと得意げに微笑んでいた。
「あの、ギリギリアウトです」
「あたしもそう思う。下手に全裸でいるよりエロい」
「フオはどうでもいいけどやっぱりランは見ちゃだめ!!」
「わ、わかったからぐりんってするのはもうやめて!」
私はマイカちゃんに首を折られる前に、自主的に壁を向く。なんか、「お前こっち向くな」っていうイジメをされてるような気持ちになってきた。壁に向かって話すって、結構つらい。
あと、柱の巫女が変人過ぎて、ここにあなたを迎えに来たんだよって話をできないどころか、お互いの自己紹介すらできない状態なのも結構つらいな。
「まぁいいわ。私はマイカ、こっちがフオ。壁向いて喋ってるのがランよ」
「私が好きでこうしてるみたいな言い方するのやめて!?」
「巫女の子への説明はランがすることが多いんだけど、あの通り壁を向くので忙しいからここは私が話すわ」
「だから趣味みたいに言うのやめてってば!」
私の抗議もむなしく、マイカちゃんは淡々と話を進めていく。同情したらしいクーが、ふよふよと飛んで私の肩に乗ってくれた。ありがとう、クー。世界一優しいね。
「私達はあんたを迎えに来たの。こんなところ、とっととおさらばしましょ」
「迎えに……?」
「そうよ。アンタ、柱の巫女なんでしょ。それを救って柱の再封印してるのが私達。そこにいる赤いのも赤の柱の巫女だったのよ」
「そう、だったんですか……」
見えないからみんながどんな顔をしているのか、想像で補わなくちゃいけない。まぁなんとなくは分かるけど。私は鞄から木の実を取り出して、クーに食べさせることで忙しいからいいんだ。
さっき、間違って私の手を噛んじゃって、クーは慌てて私の指をぺろぺろと舐めてくれた。ふふ、大丈夫だよ。私、指なんてちっとも痛くないよ、ちょっと血が出ちゃったけど平気。だって一人だけ蚊帳の外にされてる心の方が痛いからさ。
「あっ、申し遅れました。
「ふざけないで」
「なんで途中美味しくなっちゃったんだよ」
私は思わず振り向いてしまったけど、マイカちゃんが私を咎めることはなかった。マイカちゃんの中で「こいつはそういう対象として見れないでしょ」認定でもされたのかな。そもそも私、別に女の子がいいってワケじゃないんだけど。
「……ラン、いつまで転送陣の上に立ってるのよ、早く来て。ちょっと通訳して」
「私がここにいるのはマイカちゃんが脅迫に近い形で強要したからだし、私にもその人が何を言ってるのかは分からないよ」
とはいえ、分からないままだと話が進まない。私はやっとベッドに座る彼女の近くへと歩いていった。かなり激しめにウェーブした髪が枕の上に散らばっている。可愛い系の美女なんだけど、名前がジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセスだもんな……。
「それと、マイカさん方のお申し出は大変嬉しいのですが、外に出ることについては保留にさせていただいてもよろしいですか?」
「なっ……悪いけど、それは無理よ。あんたの力が必要なの、巫女としてのね」
「そう、ですか……」
断固としてこちらの要求を通そうとするマイカちゃんを見て、私はジャ……ジャ(略)さんに助け舟を出すつもりで言った。
「それは、どうして?」
「だってここでは裸で過ごしても誰にも叱られないですから。それって最高ですわ」
「うん。分かった。マイカちゃん、悪いけど布団の中に服がないか調べてくれる? 私はベッドの下を見てみるから」
「分かったわ」
まともに会話しようとした私が馬鹿だった。私達はてきぱきと彼女の衣類の捜索を始めることにした。
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