第180話
私が屈んでベッドの下を見ていると、マイカちゃんの「ほら! 着なさい!」という声が聞こえてきた。顔を上げると、水色の綺麗なドレスを持ったマイカちゃんが、ジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセスちゃんを脅迫している。普段なら絶対に止めるような剣幕だけど、今回は服を着ろって言ってるだけなので、成り行きを見守っている。っていうか早く着ろ。
つまらなさそうな顔をしてマイカちゃんから服を受け取った彼女は、本当に渋々といった感じで服に袖を通している。腕を組んでその光景を見守るマイカちゃんは、おもむろに口を開いた。
「ここを出る前にジャゴデスに少し聞きたいことがあるの」
「ジャゴデス」
何その呼び名。私はマイカちゃんが考えた珍妙なあだ名を復唱した。音の響きのインパクトがどう考えても女性の名前じゃないじゃん。だけど、本人が最も気になったところは流石というべきか、私とは全然違うところだった。
「その呼び方だとプリンセス要素が排除されてしまっていますわ」
「あえて省いたのよ!」
「まぁ、酷いですわ。……いいえ、なるほど。つまりそういうことですね。私ほどの気品を兼ね揃えていれば、自らプリンセスと名乗らずともプリンセスの方からやってくる、と」
「全然違うし、そもそも名前にプリンセスって付いてるなんて変よ。プリンセス王女ってことでしょ? つまりプリンセスプリンセスじゃない」
「プリンセスって言葉が頭の中で崩れかけてるから、二人ともちょっと休憩してくれない?」
私は隙を見て二人の会話を中断させようとしたけど、青い髪のヤバい人は、マイペースにマイカちゃんの発言への返事をした。
「名前のプリンセスと、立場としてのプリンセスがぶつかってしまう、ということですね? それなら心配には及びません。私は王女じゃないので」
「王女じゃないのにプリンセスって名乗ってるの!?」
「どんな名前を名乗ろうと、本人の自由ですわ」
「それはおかしいでしょ……みんな親が名前を決めてくれるんだから」
すごい、マイカちゃんが正論を言って窘めている。なかなか見れない光景に私は息を飲んだ。フオちゃんは口をぽかんと開けて、二人のやりとりを眺めている。巫女の中で断トツの常識人である彼女にとって、ジャゴデスの紡ぐ言葉、というか発想はぶっ飛び過ぎているのだろう。もういいよ、そう言って間に入ろうとした私に被せて発言したのはジャゴデスだった。人の話聞かないよね、この人。
「親が名前を決めてくれる。もちろんそれはとても有難いことです。しかし、物心つくと、自分に相応しい名前を自ら命名したくなるものではありませんこと?」
「えっと……あのさ、君、もしかして、ジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセスって、本名じゃないの?」
「逆に聞きますけど、自分の娘にこんな名前付けてる人が居たらその人の品性疑いませんか?」
「まぁ私は自分でそう名乗ってる君の正気を疑ってるけどね」
ダメだ、この人。自由過ぎる。自由なんてもんじゃない。破天荒さが暴力的にすら感じる。私が額に手を当てていると、彼女は言った。本名はニールです、と。
「……普通に可愛い名前なんだね」
「そうなんです、普通に可愛いんです。だけど、普通なんてダメですわ。私に相応しくない。だから先ほどの名前で呼んで下さる?」
「嫌よ。他の人が聞いたらこっちの頭がおかしいのかと思われるじゃない」
マイカちゃんの言葉は相変わらずド直球だ。だけど、私もこっそり賛同しておく。そして、やっと名前の話題から離れられそうな空気を察知した私は、マイカちゃんからニールにしようとした質問に話題を戻した。
「マイカちゃんがニールに聞きたがっていたことってなに?」
「多分、ランも頭のどっかじゃ気になってることよ」
「……もしかして、勇者関係?」
「そうよ。ニールは勇者と同じ国の出身なんでしょう? あいつのこと、何か知らない?」
マイカちゃんにそう言われたニールは毛布の端を掴んで、何かを考えている。質問については、私もニールに訊きたいと思っていたことだった。これまでは街や村で情報を集めてから塔を目指してきたけど、今回は状況が状況だったから、直接光の柱を目指すという手段を取ってしまった。だから、勇者のことはもちろん、ニールが何者なのかも分からない状態だ。
だけど、こんな素敵なドレスを身に纏って、それをウザったく感じるくらい着慣れているとなると、彼女も相当の身分の人間なんだと思う。勇者と全く面識が無いというのは考えにくい気がするんだけど。私達が固唾を飲んでニールを見守っていると、彼女は長い沈黙の後、笑顔で言い放った。
「ほとんど知りませんわ。私が知っているのは噂程度のものです」
「え」
「う、うそでしょ。知らないなんて、そんな……」
「おそらく、皆さんはこの国、セイン王国という国を誤解してらっしゃる。私のことをジャスティス・ゴージャス・デリシャス・プリンセスと呼んで下さるなら、その点についてお教えしないこともございませんが……」
「教えてくれる? ニール」
マイカちゃんは自身の両拳をぶつけて小手を鳴らすと笑顔で答えた。あれで殴られたらヤバいと本能で察知したのか、ニールは少し黙ったあと、表情を変えずに「喜んで」と言った。
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