第232話

 考えてみれば当たり前のことだった。闇の力は他の力と比べても実体が無い。吸収された力は容易に奪い返すことができるんだ。クロちゃんのゴーレムがどうなってしまったのかは分からないけど、もし意識まであいつに取り込まれていたら可哀想だ。そんなことを考えていると、クロちゃんは化け物から視線を離さないまま言った。


「ムルムルは大丈夫、力が無くなってこの場に留まれなくなっただけ」

「そっか……」

「またムルムルを呼び出すことはできるかもしれないけど、それは得策じゃない」

「それは、そうだね」


 彼女の言う通りだ。ムルムルは魂を召喚され、クロちゃんが魔力で用意した器に宿っているのだ。あの化け物にまた同じことをされるかもしれない、それはクロちゃんの魔力を化け物にプレゼントしているのと同じことだ。


「それにしても……悪趣味にもほどがある」

「元々あいつの趣味が良かったとは思わないけど、そうね。あんな姿になって、元に戻れるのかしら」


 フオちゃん達の前に立ち、引き続き彼女達を守っていたマイカちゃんが呆れたような声を上げる。なんで呆れてるんだろう、この子。怖くないのかな。私は……結構怖いけど……。

 紫色の巨人が鎧のように色んな生き物の体のパーツを身に纏っていた。あの化け物のどこをとっても人とは思えない。目玉は黄色で、額からは二本、角まで生えている。


「ねぇ! なんでそこまでして国の為に戦うの!?」


 私はカイルに呼び掛けた。言葉が通じない可能性も考慮していたけど、彼は存外元の声で言った。化け物の口は動いていない。カイルはまだ、あの中にいるのだろうか。


「なんでと言われても。そう父に命じられたからさ」

「息子がそんな姿になってるって、お父さんは知ってるの?」

「知らないだろうな。だけど、知ってもなんとも思わないだろう。君達はあの国に行って何も思わなかったのか?」

「え……?」


 あの国、というのはセイン王国のことだろう。結局、私達はあの国の首都となる街を見ていない。だけど、はっきり言っていい印象は無かった。それは私だけじゃなく、マイカちゃんもフオちゃんも、あの国を訪れた者みんながそう思っているはず。上の立場の人は自分のことしか考えていなかった。人の命よりも自分の立場が大事で。

 ニールの話を聞いた限りじゃ、それは国王も同じだ。国王、そう、カイルの父。


「確かに僕が旅に出るきっかけは父の一言だ。だけど、父はバカだ」

「あ、う、うん……」


 なんかいきなり父親ディスが始まった……カイルは国王に対して従順な息子だと思っていたので、こんなことを言い出すのは意外だった。


「第一継承権があるモハド兄さんも、父と同じタイプの馬鹿だ。無駄なことをして、私利私欲の為に大体のことはやってのける」

「同じじゃん、カイルと」

「同じ? 面白いことを言うな。僕は違う、少なくとも、息子にこんな意味のない無茶な旅を言いつけたりしないさ」


 化け物が腕を振り上げると、クロちゃんは短い呪文を唱えて手を伸ばす。彼女の手から放出された白い光のロープのような魔法は、化け物の腕に巻き付いて動きを止めた。


「え!? 光属性の魔法使えるの!?」

「レイに少し習った」

「あぁ……」


 クロちゃんの腕には見慣れないブレスレットがはめられていて、彼女が光の力を行使する度に淡く輝いている。おそらく、あれで魔力を光属性に変換しているのだろう。闇の力が吸収されやすいなんてことは、魔法を使う人間なら知っているはずだ。レイさんはこんな事態も想定済みだったのだろう。

 彼女が足止めしてくれている間、私はもう少しカイルとの対話を試みた。


「カイルは王様になりたいの?」

「最終的にはそういうことになるかもしれないが……誤解しないで欲しい。僕が欲しいのは権力じゃなくて権利だ。バカ共を引きずり下ろして、セイン王国を建て直す」

「でも、目的の為には関係ない人が犠牲になってもいいんでしょ? じゃあ同じだよ、やっぱり」

「黙れ!」


 カイルの怒りに反応するように化け物が暴れる。体をさらに一回り大きくして、鋭い爪を振り回す。くっついていた生き物の体のパーツが飛び散って、かなり気色の悪い光景が広がっている。

 私達は避けたり、叩き落としたり、バリアを張ってその攻撃を凌いだけど、それでも気分は良くない。地面に落ちた大型の爬虫類の尻尾が、びちびちと陸に打ち上げられた魚のように跳ねているのを見つめていると、カイルが言った。


「他者の力を吸収することのできる者は少ないが存在する。ヴォルフもそうだった。彼は魔力だが、僕は殺した生き物をその身に宿すことができる。つまり殺せば殺すほど強くなるんだ」

「あぁそう。じゃあやっぱり、カイルのしてきたことは間違ってるんだね」

「……なんだと?」

「何回、自分に縋る人々の言葉を無視してきたんだ、お前は」


 私はそう問うと、剣に宿る魔力を全開で放出する。


「なっ……!」

「コタンの人も! ユーグリアの人達も! お前が救ってやっていれば、あの魔族達の力はお前のものだったのにね!」


 そう言うと、未だに暴れている化け物の右腕を肩から斬り落とした。

 私はさ、やっぱり認められないよ。お前が勇者と呼ばれてること。


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