黒柱の村 オニキスニエ
第15話
「ちっ、一匹洩らしたか……! ラン!」
「分かってるよー」
マイカちゃんは空中でつま先をぴんと伸ばして、オオカミのようなモンスターを蹴り飛ばしながら私に声を掛ける。ハロルドを出てから、彼女はよく跳び跳ねていた。多分、身長が低くてリーチが短いから、自然と蹴り主体の攻撃になってるんだ。
私は彼女が討ち洩らしたオオカミの動きを読んで、先回りして地面に氷の剣を突き立てた。刃が刺さったところから土が凍り付いて、蛇のようにメキメキと氷が走っていく。そうしてモンスターの足を捉えたが最後、一瞬で敵は氷漬けになった。
すっごい恥ずかしい話だけど、私は彼女ほど身体能力が高くないから、こうやってほぼ100%武器の強さで戦ってる。
一方で彼女の成長は目覚ましかった。いや本当にこれ以上成長しなくていいよってくらい元々強いんだけど。
装備を新調してから、攻撃力の他に格段に上がったものがある。それは機動力だ。ドレスに似合うような、可愛いだけの動きにくい靴から、多少重くても戦闘に適したブーツにグレードアップしているのだから、その威力は測り知れない。
私はあんまりものを殴ったりとか、そういうことをするタイプじゃないから分からないけど、動きにくい靴で強烈なパンチを放てるかと言われたら、答えは否だろう。彼女の動きを制限するものが無くなったのはかなり大きいようだ。
「ふぅ……これで全部かな?」
「そうね。ほとんど私が片付けたけど」
「うっ……」
マイカちゃんは、モンスターに遭遇したときにその辺に放った荷物を持ち上げると、行きましょうと黒い柱を見る。
うん、と短く返事をしてその後ろ姿を追ってしばらく。彼女は真面目な顔をして私に言った。
「ランは、私がいなかったらどうするつもりだったの?」
「え!? ど、どういうこと?」
「だって、モンスターはほとんど私が倒しているし……あんな隙だらけの攻撃が今後も通用するとは思えない。っていうか、今も無傷でいるのがわりと信じられないくらいアレなんだけど」
「やめてやめて。言われなくても分かってるから」
彼女の言う通りだ。私は、彼女に比べてすごく弱い。といっても、湖を越えてからはモンスターの動きは追えているし、出会ったらそれが即座に死に繋がるようなものではないけど。
多分だけど、穴があるハロルド周辺のモンスターが、地上で最も手強い連中なんじゃないかと思う。私達はそこからスタートして、そしてどんどんそこから離れてってるってわけで。
「……」
すごいなー……普通、旅を重ねる毎に自分のレベルが上がって戦闘が楽になるものなのに……敵のレベルが下がって楽できるようになるんだ、私……かっこわる……。
「あの、ラン、ごめん」
「謝られると逆に堪えるから……」
マイカちゃんの指摘の通りだ。任せっきりじゃなくて、もう少しちゃんと戦わないとだめだよね、本当に。
どんよりと反省していると、遠くに集落のような家々が見えてきた。マイカちゃんにも見えているらしく、嬉しそうな声をあげている。
村に着く頃には日が落ちて暗くなっているだろうけど、村に明かりが灯り、むしろ今より見やすくなることだろう。早朝に船から降りてここまで歩いてきた私達だけど、疲れはそれほどでもない。これから残りの距離を歩いて、村で宿を探すくらいの余裕はあるはずだ。
「宿、ないとか言わないよね」
「おっちゃんが言ってたよ。作業員はよく村に泊まりがけで作業してるって。上等なところじゃなくていいならきっと大丈夫だよ」
とりあえず村に着いてから考えよう、そう言って話を切り上げると、私達は柱から、見えてきた村に焦点を合わせて歩き続ける。
村の入口に辿り着いたのは、やっぱり辺りが暗くなってからだった。ちょうど入り口に居た人が私達に「見ない顔だな」なんて言って笑いかける。ちょっと軽い感じの青年だったけど、悪い印象はない。愛想がいいというか、町に辿り着いたときに話しかけてもらったのなんて初めてだったから、私もマイカちゃんも自然と顔がほころんだ。
「すみません、旅の者なんですが、宿はありますか?」
「うちがそうだよ! そうじゃなかったら話しかけないって!」
青年はケラケラと笑って私の手を引いた。せっかくいい人に出会ったと思ったのに、世の中はそんなに甘くないらしい。ちょっと感激したの、返して欲しい。
「ランが何考えてるのかはなんとなく分かるけど、実際宿は探さなきゃだったワケだし、別にいいじゃない」
「宿屋が客引きするってことは、競合するライバルがいるってことじゃない? ここで決めちゃうのもなんだかなぁ」
「なぁ、二人共、聞こえてるって!」
彼は気を悪くした様子もなく、相変わらず笑っている。なんか調子が狂うっていうか、まぁいいけどさ。彼の後ろを付いて、村の中を歩いていく。
巫女の村だなんて聞いてたからちょっと緊張してたけど、町並みは至って普通だった。彼には悪いけど、さっきのは交渉の材料とさせてもらうしかない。
「お代はいかほどなの?」
「うちは一泊一部屋5000チリーンだよ、高くないだろ? それに夕飯と朝飯も付けるぜ」
「なるほどね。お兄さんのところで泊まったら、なんかいいことある?」
「いいこと? 飯は結構美味いと思うけど、あとはじいちゃんが話し相手になってくれるくらいかな。嫌ならメシ食ったらとっとと部屋に引っ込んだ方がいいぜ。じいちゃん、若い女に目がないんだ。ま、オレもだけどな!」
結構最低なことを言ってる気がするけど、彼がカラッと言い放つせいか、あんまりいやらしさはない。そういえば、私は別にどうってことないけど、マイカちゃんはどうなんだろう。
まぁ二十歳にもなって惚れっぽいとか、これくらいのことドキドキするなんてことはないだろうけど。
「……うわぉ」
「何?」
「いや、なんでも」
ちらっと盗み見ると、マイカちゃんは驚くほど冷めた目をして青年を見つめていた。瞳にマイカちゃんの大好きな精霊が宿ってるけど大丈夫かな。氷属性のやつ。
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