第175話

 私とフオちゃんはゾンビ達を焼きながら前進していく。途中、少し言葉を交わすことはあったけど、基本的には無言だ。彼女が何を考えていたかは分からない。けど、私は、考え事をしていた。

 戦いの最中によそ見をするような真似はすべきじゃない。そんなことは分かっている。だけど、どうしても今の内に考えて、結論を出しておくべきことがあったんだ。


「! ラン、危ない!」


 マイカちゃんがゾンビの懐に飛び込み、腹部を殴って吹っ飛ばす。燃えながら飛んでいったゾンビだった何かは、ごうごうと音を立て、さらに近くにいたゾンビにまで延焼して、結局彼女の一撃で三匹のゾンビが水路に飛び込むこととなった。


「ぼーっとしてんじゃないわよ」

「ご、ごめん」


 私はマイカちゃんの右手の小手に精霊の力を付与しつつ謝る。だけどマイカちゃんは追求の手を緩めなかった。


「何を考えていたの」

「……あのさ」

「何よ」

「舟のところまで辿り着いたとして、今度はどれに乗る?」

「……来たわよ!」

「現実逃避しないでよ!」


 と言いつつも、私はゾンビを燃やす。すぐ後ろに居たヤツはフオちゃんが燃やして、私達はまた少し前進した。


「うーん。ランの言う通り、あの大量の舟のどれに乗るかはかなり肝になってくるぞ」

「そんなの分かってるわよ。でも……」

「もしかしたら到着までの道に、何かヒントがあるのかも」

「うぅん……探すには、ここにいるゾンビ、全部やっつけないとね」


 話をしながら、また前進する。注意深く角を曲がって確認すると、さっきと同じように大量のゾンビがいる。大丈夫、覚悟してた。私達はめげることなく先を急ぐ。


「にしても、ここのゾンビ、変よね」

「え?」

「インフェルロックにいたゾンビキマイラ、覚えてる?」

「もちろん。すごい強かったよね」

「あいつはすごく臭かったのに、こいつらはこんなに居て全然臭わない」


 どうでもいいと一蹴してしまうのは簡単だったけど、この指摘には重要な何かヒントが隠されている気がする。

 私は火を放ちながら言った。


「確かに。見た目に騙されていたけど、こいつらからはアンデッド系特有の嫌な感じがしない、かも」

「アンデッド系特有の嫌な感じ?」

「そうそう。闇の属性と土の属性を無理矢理くっつけたみたいな、やーな感じ」

「全っっっ然分かんないわ……」


 マイカちゃんは何故か私を白い目で見ている。別にウソをついているわけじゃないのに。というか私は私なりの根拠に基づいて彼女の意見に同調してるのに、その反応ひどくない?

 軽く傷付く私に助け舟を出してくれたのは、フオちゃんだった。


「あたしも、ランと同じような違和感があるぞ。死者を蘇生させた肉袋人形は見た事があるけど、もっと禍々しいオーラを放ってたし」

「何その人形、こわい」

「ルリが開発したんだよ、死人を戦わせたら最強じゃないって言って」

「前々から思ってたけど、ルリって結構な外道よね」


 そうして私達の雑談っぽい作戦会議っぽい何かは、一つの結論を出そうとしていた。


「こいつら、そんなに警戒する必要ないんじゃない?」

「よく考えたら、何を媒介にゾンビになったんだ? こいつら」

「……確かに」


 ゾンビっぽい何かを作るためには、土などの同等の質量を持つ何かを。本当にゾンビを作るためには人間の死体が必要になるはずだ。

 魔術師とは別に死霊使い、いわゆるネクロマンサーと呼ばれる人達がいるくらいなので、おそらくは魔法に似て非なる知識や力が必要になるのだろう。


「ラン、さっきのメモに水の呪文はないか?」

「あるよ。 えーと、キーナ!」


 私は両手を前にかざす。足元から出現した波がゾンビ達を押し出して、向かいの壁に叩き付けた。当然それだけでは大きなダメージにはならない。だけど、これできっと終わる。少なくとも、私とフオちゃんはそう確信していた。


「ちょっと、唱えろなんて言われてなかったじゃない」

「そうだけどさ。多分、フオちゃんと私は同じ答えを出したんだよ」


 この場所に媒介になるようなものは、ほとんどない。あるのは塔を構成する建材と大量の水だけ。おそらく、奴らはゾンビの見た目をした水の傀儡だ。水に落ちた奴らは姿を消したけど、浄化されたりしているのではなく、ただ水に戻っているだけ。


「要するに、水に触れれば、あいつらは水に戻るんじゃないかと思ったんだよ」

「そんなわけ……って居ない! さっきまでいっぱい居たのに!」

「どうやらビンゴだったようだな」

「からくりさえ分かっちゃえばこっちのものだね」


 私とフオちゃんは勝ち誇ったように腕を組んだ。魔力の消費は大したことないんだけど、狙いを定めて呪文を唱えるのはやっぱり苦手だ。なんだかどっと疲れる感じがした。


「間違った舟に乗ったとしても、戻ってくるのにそれほど労力はかからないな」

「フオ。錯覚しちゃだめよ。私達には時間がないんだから」

「そうだったな……なんか、こういうことマイカに言われると戸惑うな」

「それ、マイカちゃんに聞こえるように言わない方がいいよ」

「聞こえてるわよ」

「でっ!?」


 マイカちゃんは軽くフオちゃんの脇腹をドスッと小突くと、ため息をついた。行くわよと言って歩き出した彼女についていく。フオちゃんは、うずくまったまましばらく動かなかった。


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