第213話
「さぁさぁ、とっとやっちゃおっか!」
レイさんはそう言うと、背後で水を割っていた光の手を消した。想像していた通り、ほとんど真っ暗になる。突然のことに驚く私達を無視してレイさんは笑った。「真っ暗じゃん」という笑い声だけが反響しててちょっと怖い。
「よっと」
ごそごそという音が聞こえる。やはり何らかの準備はあったらしい。ほっと安堵していると、呪文を呟く声が聞こえた。が、これはレイさんではなく、クロちゃんの声だ。
クロちゃんの声が聞こえなくなってすぐ、部屋が明るくなった。レイさんの手中には水晶のような物体があった。それは、まるで闇を中に閉じ込めているみたいに、暗く輝いていた。
「それは……?」
「何かに使えるかなって思って持ってきた精霊石。私の力で光を中に宿すよりも、クロにお願いして暗闇を吸収してもらった方がいいかなって、滝を眺めながら話してたんだよね」
どちらも同じようなことでは……? と思ったけど、話を聞けば納得できる理由が返ってきた。発光させてしまうと、辺りが暗くなったときに、周囲にここの存在がバレてしまう可能性がある、と。
やっぱり、レイさんは私の数歩先のことを考えている。たまに鬼みたいな手段を取るから、頼りっぱなしでいるのは危険なんだけど。それでも頼りになるのは確かだ。
「早速ランちゃんにお願いなんだけど、ここにいい感じの土台を作ってくれる?」
「土台?」
「レイが言ってるのは、剣が刺さる台座のこと」
クロちゃんの補足でやっと分かった。いくら綺麗になったとはいえ、直に伝説の剣が置いてあったら嫌だよね。
私は目を瞑って、再び精霊に呼びかけた。指示はいつも以上にアバウトだ。だけど、彼らはやり遂げてくれた。空間の奥でモコモコと土が盛られていく。ひとりでに動く地面は奇妙だったけど、出来上がった台座を見て、私達とマイカちゃんは短く声を上げた。
「えっ……」
「これ、ハロルドにあるのとそっくりね」
「私も思った……」
偶然ではないだろう。きっと、精霊達が気を利かせてくれたんだ。それまでだって、私達はこれから伝説になる予定の剣を封印するつもりでいたけど、階段付きの厳かな台座を見て、やっとその自覚が湧いてきた感じがする。
「おっ、いいねー。ランちゃんのセンスっていうか、精霊さんのセンスなんだろうけど」
「ハロルドにはこんな台座が街の中心にあるのか?」
「きっと不思議な街並みなんでしょうね」
「言われてみれば、街の中心に剣が刺さってるって、結構異質だよね」
私はそう言って軽く笑った。そうだ、これまで旅してきた街全てが私とマイカちゃんにとっては不思議だったけど、よく考えてみれば、ハロルドだって大分変だ。私達は慣れっこだから、あの街を普通の街として受け入れてたけど。
「それじゃ、みんな呪文覚えてる?」
「ただでさえ長かった呪文がどこかの誰かのせいで更に長くなったから早く始めたい。あと半日したら確実に忘れる」
「同感だな」
クロちゃんとフオちゃんは同時にニールを見た。どういうことだろう。首を傾げていると、ニールはその罪を自供した。
「呪文がちょっと難しくて……」
「どういうこと?」
「ニールが普段話している言葉と、呪文の相性が良くなかったっていうのかな。どうしても上手く発音できなくてさ」
「あぁ……」
今はみんな翻訳機のお陰で普通に喋れてるけど、呪文を唱えるとなればそうはいかない。詠唱時には敷かれたレールの上を歩くしかないのだ。
「それってみんなが肩代わりしても平気なの?」
「まさか。詠唱を完了すれば封印自体はできるけどね。力を乗せられるのは呪文を受けている対象物、つまりランちゃんの剣と、詠唱に関わった巫女の力だけ。そのままだと青の柱、ミストの力が乗らなくなるよ」
「何よ! 一大事じゃない!」
マイカちゃんの声がわんわんと響く。ここはまるで天然のホールだ。みんなで大声で話したら酔いそう。
軽く耳をおさえて難しい顔をする。彼女ほどじゃないけど、私も結構慌てている。言葉や発音の壁なんて、簡単に克服できるものではないだろうから。このままだとニールの力が欠けたまま封印を続行することになる。
「あぁ、あんまり深刻に考えないで。ニールには別の役割を考えてあるから。要するに詠唱に参加することが大事なんだよ」
よく分からないけど、ニールを切り捨てたわけではないようだ。いくらニールが変人だからと言っても、さすがにこんな本人にはどうしようもない形で見捨てられたら、きっと寂しいだろう。
レイさんは鞄から取り出したものをニールに渡した。それが何かは分からない。おそらくは詠唱を口にしなくても詠唱に参加したことになる、という代物だ。丸い形の、おそらくは木製の……小さなスティックのようなものを渡され、ニールは何故か自信ありげに頷いている。
「……クロちゃん、レイさんがニールに渡してるの、アレ何?」
「モクギョという楽器」
「はぁ!? 楽器!? ニールに楽器なんて演奏できたの!?」
「アレは叩くだけの楽器だから。あたしの国じゃ楽器っていうかお祈りに使うことが多かったから、なんとなく合ってるぞ。用途としては」
フオちゃんは腕を組んで、全裸でモクギョという楽器を持つニールを見つめている。その横顔は何故か満足げだ。私は不安にしか思ってないけど。
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