建国祭の朝
第97話
慌ただしい朝だった。私を抱き枕にするマイカちゃんのせいで首はバキバキだしっていうか身体中が痛いし、支度をして宿を出た辺りで「八時に事務局に来るように言われてたのよね、そういえば」なんて言うから、祭りの喧騒を置き去りにする勢いでマッシュ公国を疾走した。だって事務局は中央区にあったし、マイカちゃんがそれを言い出したのが八時になる十分前だったから。
お祭り期間中は置き引きが増えるから荷物も持っていくようにと宿屋の主人に言われたので、それも私の体力を奪うのに一役買ってくれた。
喉の奥から広がる鉄のような味にも慣れた頃、やっと事務局に着いた。ちなみに地図を見て私が道案内をしたから、マイカちゃん一人だったら絶対遅刻して登録取り消しになってたと思う。
周りはライダーっぽい人達ばかりだ。みんながドラゴンを連れて整列している。色んな種類のドラゴンが主人に帯同して列をなしているのだ。可愛いと思う気持ちが無いと言えば嘘になるけど、私の心中はそれどころではなかった。
これ……もしかして、自分の相方も一緒に並ばないと失格になるやつでは?
マイカちゃんなら西区まで走ってクーを連れてくるまでダッシュ出来るかもしれないけど、あいにく登録選手だからこの場を離れられないし、私にはもうそんな体力は残っていない。
これまでか、と項垂れていると、私達を呼ぶ声が響いた。
「やっほー。やっぱりドラゴン連れてチェック受けなきゃいけないの、知らなかったんだね」
「ルーク! と、クー!?」
ルークはドラシーとクーを引き連れて私達を待っていたようだ。いつまで待っても私達が来ないから、まさかと思ってクーを連れてきてくれたらしい。
「ありがとう!」
「助かったわ……まさかレースの前にドラゴンの体調チェックがあるなんて知らなかったの」
「選手登録したとき、レースの地図と一緒にプリント受け取らなかった? そこに書いてあると思うよ……?」
「この国の言葉は分からないから捨てたわ」
「捨てるなよ。せめてなんて書いてあるかルークに聞こうよ」
私は呆れてマイカちゃんを見たけど、彼女はあんまり気にしていないようだ。クーの頭を撫でて「今日はブチかますわよ」なんて言っている。ブチかましちゃダメだよ。
「体調チェックまでしてくれるなんて、至れり尽くせりなんだね」
「あぁ、体調チェックっていうのは建前で、ほとんど体長チェックみたいなもんだよ」
「どういうこと?」
ドラゴン族には様々な体の大きさの者がいる。一応、体格に規定があって、その規定を満たしているかどうかのチェックらしい。
「マイカちゃん、クーも。ムカっとすることがあっても、絶対大きくなっちゃダメだよ。いいね」
「分かってるわよ。やるならバレないようにやるわ」
「ダメだっつの」
検査は簡易的なものらしく、行列はかなりスムーズに動いていた。そろそろ私達の出番だという時に、見覚えのないオッサンがこちらにズンズンと歩いてきた。目付きが悪くて背が高いけど、かなり細身なので威圧感は然程感じない。隣にスカイドラゴンを連れているところを見ると、彼もまたレースの参加者なのだろう。
「お前、レースに出場すんのか!」
「そうよ。アンタをブチのめすためにね」
「こないだボコボコにしたろ!」
「まだ足りないわ。楽しみにしておきなさい」
「へっ! 言っとくけど、この間みたいに魔法を使ってドラゴンを大きくするのは反則だからな! 俺の名前はザックだ! 覚えとけ!」
オッサンはそう言ってドラゴンに跨ると、何処かへと飛んでいってしまった。魔法、か。あれはクーの力であって、私達は何もしてないんだけど。確かに何も知らない人から見ると、巨大化の魔法を掛けられたドラゴンに見えるのかもしれない。
妙に納得して横を見ると、マイカちゃんは「私、魔法を使っていた……?」と言ってキラキラの目で笑っている。使ってないから落ち着いてほしい。こんなの前にもあった気がする。
事務局の人がクーを見て、突然変異の個体なのかを真っ先に確認してきた。エモゥドラゴンであることを告げても面倒になるだけだと判断した私は、その問いに肯定してして見せた。
先にチェックを終わらせたルークが「登録のときに種類を書く欄があったと思うけど……」と不思議そうにしていたけど、もしかしたらエモゥドラゴンだなんて書いても信じてもらえてなかったのかもしれない。
「確かに書くところはあったわね。読めなかったから逐一何を書き込めばいいのか質問したけど」
「そのときに何も言われなかったの?」
「別に。ただ、私達の国の文字で書いたから、あの人達には読めなかったんでしょうね」
「あぁー……」
そうこう話してる間に、クーは胸にスタンプを押された。可愛いドラゴンのキャラクターのスタンプだ。チェックが終わったドラゴンには目印として押されるらしい。その後、私達は十三時に同じ場所に集合するように言われて、ゼッケンを受け取る。
時間まではお祭りを満喫することにして、とりあえずはクーとドラシーを小屋で休ませてあげることにした。
ルークがドラシーに、マイカちゃんがクーに乗ってハブル商社に向かう。二人が乗れるくらいのサイズになったら騒ぎになりかねないから、私は歩いてのんびりと西区を目指すことにした。
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