第98話
普段から活気付いている街だったけど、今日はその比じゃない。大通りの両端にはところ狭しと露店が並んで、どこもお客さんで賑わっていた。
辺りを見渡して感嘆する観光客に、人混みを縫うように駆けてはしゃぐ子供達。声を張り上げて客引きをする店主に、竜に乗ってパトロールをする門番。そして焼き物やお菓子の美味しそうな匂い。楽しい街だ、素直にそう思った。
中央区は特にお祭りの雰囲気が濃いとルークには言われていたけど、実際に体験してみると、そのどれもが想像以上だった。
「これが明日まで続くんだ」
祭りは二日間。刹那の喧騒だと思うと少し寂しい気がするけど、きっとそれくらいが丁度いいんだ。だから来年も来ようって思えるのかなって。柄にもなくそんなことを考えた。
ドランズチェイスはこのお祭りを彩る一番のイベントらしい。マイカちゃんはまぁ置いといて、ルークには是非優勝してほしいな。勝手にライバル視してきてるとはいえ、リードさんは相当のライダーだ。きっと優勝すれば、ルークの仕事にだってプラスの評価になるだろうし。
ドランズチェイスの優勝者が最速で配達をしてくれるとなれば、お客さんも増えそうじゃない。本人は乗り気じゃないみたいだけど、だからこそ参加して良かったと思える何かが起こって欲しいっていうか。
たまに人気の露店の行列に巻き込まれたりしながら、私はなんとかハブル商社に辿り着いた。ロビーにはマイカちゃんだけが待っていて、辺りを見渡してみてもルークはいない。彼女はどこかと聞くと、とっくにフィルさんと祭りに繰り出した後だと言う。
「あぁ、そりゃそっか」
「そうよ。二人で手繋いでルンルンだったわよ」
「へぇ。あの二人、そういうことするんだ」
「私も意外だったけど、人混みがすごいから外に出てすぐに離してたわね」
「無情だね」
お祭りだからとはしゃいだであろう二人は、お祭りだからという理由で手を離すことになった、と。まぁ人生ってそんなもんだよね。
会社を出ようとしたところで、ドロシーさんに呼び止められた。振り返ると、彼は大きなリュックを背負っていた。多分、あの中には小さめの配達物が入っているんだと思う。
「俺はこれから仕事に出るから、後のことは頼んだぞ」
「後のこと?」
「おいおい、忘れたのか!? フラッガーはランの名前で伝えてあるからな!」
「あぁ! 確か、お昼過ぎに西区の門の前に行けばいいんですよね?」
「おう! 俺はこれから何件か配達を終わらせてくるからな!」
「はい、行ってらっしゃい」
私達は一緒に会社を出て、ドロシーさんがドアを施錠した。屋上にクー達がいるけど、昼過ぎにはルークが戻ってきて鍵を開けてくれるはずだから問題ないだろう。
建物を出て私達は左へ。ドロシーさんは右へと向かって歩いていった。中央区へと向かう道すがら、マイカちゃんは真剣な表情で私に言った。
「ランのフラッグ、私が受け取るからね」
「うん。私もマイカちゃんに渡したいけど、早く来てくれないと他の人に取られちゃうかもよ」
「そこは阻止しなさいよ」
「それはルール違反っていうか阻止された人が可哀想でしょ」
私が他の出場者だったらショックだろうな……掴もうと思ったフラッグがひょいと躱されたら……。下手したら妨害行為だって訴えられそう。
マイカちゃんもさすがに理解したのか、「それもそうね」なんて言って納得していた。
「要するに私が一番にチェックポイントに辿り着けばいいのよね」
「簡単に言うけど、ルークやリードさんがいるからね? 難易度高いよ、それ」
「でもきっと不可能じゃないわ」
本人がここまでやる気なのに、私からこれ以上何かを言う必要はないだろう。ただ一言、待ってるよ、とだけ伝えて中央区に入った。
それからマイカちゃんは英気を養うとか、腹が減っては戦はできぬとか、尤もらしいことを言って露店に並んでる食べ物を端から食べる勢いで買い食いをした。
どのお店もかなり良心的な金額だったし、リードさんを運んだ時の準備金がかなりあったからそれほど痛手ではなかったけど……こんなにドカ食いして大丈夫なのかな、この子……。
早足だったけど、露店は一応全部回れた。どこかで休んでからそれぞれ集合場所に行こうかと声を掛けようとしたけど、マイカちゃんが口を開く方が早かった。問題はその内容だ。
「そろそろお昼を食べに行きましょうか」
「まだ食べるの!?」
この子は、本当に大丈夫なんだろうか……。いや、これだけ食べて大丈夫な方が大丈夫じゃない気さえしてくる。
昼食は軽めがいいと言われたので、サンドイッチを買って、大聖堂の壁に寄って人々の往来をぼんやりと眺めながらぱくついた。
「美味しかったね」
「えぇ。それじゃ、ランはそろそろ時間でしょ」
「うん。また後でね」
そうして私達は別行動を取った。別に優勝してくれなくてもいい。っていうか出場自体想定外だし。
とにかく、落ちて怪我とかしないように。そして他人に怪我をさせないように。そう祈りながら、私はいつの間にか繋いでいた手を離した。
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