第31話
食料があるとはいえ、いい加減しんどくなってきた。多分、普段は寡黙なクロちゃんですらそう思ってると思う。ここ一週間くらいベッドで寝れてないし、彼女の我慢も限界だろう。
静かに限界を迎えてそうなクロちゃんとは対象的に、マイカちゃんは時折信じられないとか有り得ないという言葉を口にした。いや時折っていうのはウソ。結構頻繁に文句言ってる。
それでも私達がどうにか折れずに足を動かし続けられるのは、二日前の晩から、白い柱の他に、いくつもの小さな灯りを確認できたからだ。あれは街の灯りだ。それも多分、めちゃくちゃ大きい。恐らく私達が見た中で、最大規模の街になると思う。学術都市ジーニア。一体どんなところなんだろう。徐々に近付く街の気配が、私達を勇気付けていた。
「ラン、マイカ。来るよ」
クロちゃんの合図で剣を抜いた。彼女の言う通り、空の彼方に黒い点が三つ見える。動き方や近付くスピードから何者かを推測する。
「ガーゴイル三匹か。クロちゃん、奥で様子見てるヤツ、なんかする前にお願いしていい?」
「分かった」
私達は一人一匹を担当して、難なくモンスター達を退治した。初めて会ったときはガーゴイル達にもっと翻弄されてた気がするけど、そう考えると私も多少は強くなっているのかもしれない。今だって、空中からの後ろ足での攻撃にカウンターを合わせて敵を消し炭にできたし。それぞれ小慣れてきたのか、戦闘の所要時間は三分程度だったと思う。
ジェイとの一戦以来、私もマイカちゃんも「もっと強くならなきゃ」という思いを新たに頑張ることにした。
私は魔法というかそっち関係に頼るのが手っ取り早いとは思うんだけど、ご存知の通り、詠唱センスが壊滅的なので、呪文をいくつか覚えることにした。ちなみにマイカちゃんには勿体ないって言われまくった。千回くらい言われたんじゃないかな。
マイカちゃんに言わせれば、私のような人間が、魔力がそれなりにあれば誰でも扱えるような呪文式を使うメリットがないのだという。
でもね、メリットならあるの、それはアドリブで呼びかけの言葉を考えなくていいってこと。はっきり言ってこれだけでかなり大きなメリットだよ。威力は置いといて、咄嗟に魔法を使えるかどうかってすごく大きいと思うんだ。私はマイカちゃんほど身体能力は高くないから、そういうところはもうちょっと素直に甘えていこうって思うことにした。
ちなみに魔力がそれなりにあれば、という人の中にマイカちゃんは含まれていない。多分だけど、この子マジでゼロだと思う。ここまで徹底して戦士に全振りな個性の人って、逆に珍しい気がするけど。
マイカちゃんが呪文を教えてくれれば早かったんだけど、そういうのは全然知らないらしい。「知ってるワケないじゃない」って言われて理由はなんとなく察した。詠唱式の方がかっこいいもんね。きっとそういうことだよね。
クロちゃんも分からないというので、こうなったら調べるしかない。このタイミングで学術都市に行けるのは幸運だった。あそこなら、きっと私にも扱える呪文がどこかにあるはずだ。
私は色んな意味でジーニアに到着するのが楽しみでたまらなかった。
「あ」
「どうしたの?」
「小手。壊れた」
「はい!?」
見せてと言うと、よりにもよって彼女は右手の小手を外して私に差し出した。それ利き手じゃん……。まぁマイカちゃんの場合、最悪素手でも戦えるし。いや、でも、女の子の手に傷なんて付いたら大事だし……。
受け取った小手を見る。騎士の人なんかがよく使っているタイプの頑丈な小手だ。私もたまに修理するし、ポピュラーな形なので構造は最初から想像が付いていた。渡された小手を開いてみると、なんと内側から変形して、関節のところから動かなくなっていた。こんな壊れ方してるの、初めて見た。
「えっ……」
「どうしたのよ」
「あのさ……この小手、マイカちゃんの握力に耐えきれなくなって壊れたっぽいんだけど……」
マイカちゃんは使っている感触でそれが分かっていたらしく、「そうよ?」という顔をしている。クロちゃんは怯えきった様子で、遂に無言で股間を押さえ始めた。恐怖で漏らしそうなのは分かったからあっちでシーしてきて。
休憩にしようと声をかけ、とりあえずクロちゃんをトイレに行かせて、道の横の原っぱに座ってみる。すぐ隣に座ったマイカちゃんは、私と一緒に自分の壊れた装備を見たいらしい。二人で頭を寄せ合ってから、私は言った。
「握力で壊れたにしては変な感じなんだよね。サイズが合わないっていうか……」
「そうね。合ってなかったもの」
……。
もしかしたら、とんでもない見落としをしていたのかもしれない。その事実を確認するように、彼女の名前を呼ぶ。
「マイカちゃん」
「何よ」
「手、出して。パーで」
「こう?」
「うん。……えっ、ちっさ」
マイカちゃんの手の平に自分のそれを重ねると、彼女の手は全く見えなくなった。小さくて華奢な、こんな白魚のような指にこの小手を破壊するほどの力が秘められていると思うと、魔法よりもずっと魔法っぽい気がする。
「こんなサイズ合ってなかったら言ってよ!」
「別に私は不自由してなかったもの! 大は小を兼ねるって言うでしょ!」
「武器や防具にそんなの通用するわけないじゃん! 身体に合ったのを使って初めてちゃんとした力が発揮できるの! なんでマチスさんの娘なのにそんなことも分かんないの!?」
「はぁ!? 兼ねるわよ! 私用に調整した胸当て、ランだって付けられるでしょうが!」
「それとこれとは同じだけど別だし結構傷付くからやめろ!」
どこかでこの小手の修理も、っていうか駄目だ。ブーツもぶかぶかな気しかしない。もうこの子の装備、全部私が打ち直したい。
私達が口論を開始してから数分後、クロちゃんが恐る恐る戻ってきた。足元に何かを連れて。そこに居たのは、むっとした表情で腕を組んでいる、どう見ても不機嫌そうなドワーフだった。
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