第129話
触手がマイカちゃんの前方の地面をえぐる。マイカちゃんはすかさず跳んで回避した。すごい反射神経だ。滞空時を狙うように向かってきた触手を炎で焼いて処理すると、背後を襲うように伸びてきた攻撃はマイカちゃんの首にしがみついていたクーが火を吹いてクリアする。
彼女にはクーがやってくれるって分かってたみたいで、そのことに一切驚いていない。マイカちゃんの言葉はクーに通じてないことも結構あるけど、こういう時のコンビネーションは抜群に良かった。マイカちゃんの左の小手に眠り続けている氷の精霊の力を温存できたのは大きい。
私も早く移動しなきゃ。申し訳程度に私の動きを補足していた触手の攻撃が捌ききれない。私は胸に手を当てて呪文を唱えた。
「コンティ!」
この地域で唯一知ってる呪文、対象を小さくする呪文だ。危機を脱すると身体を元のサイズに戻して私は走った。
回り込むようにして移動していたおかげで、エビルKは今、完全に私に背を向けた状態だ。マイカちゃんとクー、エビルK、私がほとんど一直線に並んでいる。
いくらマイカちゃんでもあの動きを延々と続けるのは無理だろう。とっとと決めちゃった方がいい。私は剣を構え直すと、マイカちゃんの発言に加勢するように言った。
「エビルKって言ってたけど、KってもしかしてクソのKなのかな?」
「殺すぞぉおおおおおおおオラアアアアアアアアア!!!!」
ものすごい形相でこちらを振り向くと、エビルKは触手の全てを私へと向ける。威圧感が尋常じゃないけど、マイカちゃんはずっとこれと対峙し続けてきたんだ。私も踏ん張らなくちゃ。それに、これで奴はマイカちゃんに背を向ける形になった。私は上段の構えで精神を統一させる。
「ラン!」
マイカちゃんが私を呼ぶ。心配するような、それでいて、自分の身をまた危険に晒そうとしていることを叱りつけるような声だった。マイカちゃんは左に宿った拳の力を、満を持して解放する。突き出した拳から放たれた氷の力は、軌道上の地面を凍らせながら一直線に進んでいく。
エビルKにその一撃が命中すると、それまで耐えず響いていた奴の絶叫が止んだ。
私に触れていないのに射出できたということは、おそらくはクーの力を借りているのだろう。マイカちゃんに力を貸せるくらい、クーの気持ちも高ぶっているということか。二人の気持ちを無駄にしない為にも、絶対に決めなきゃ。
――行くよ
――いつでもどうぞ
氷の女神の不敵な笑い声を聞きながら、私は大きく伸びた刀身を振り下ろす。全力でそのまま地面に叩きつけると、氷が砕ける音と共に、衝撃で少し地面が揺れた。
「はぁ……はぁ……」
周囲に集められた冷気がミスト上になっていて視界が悪い。ゆっくりと歩み寄ると、エビルKは氷漬けになっていた。
私の一撃はこいつを両断するに到らなかったと、つまりはそういうことだ。感触的に、こんなことじゃないかとは思っていた。
しかし、攻撃した時の感触なんて私以外には分からない。マイカちゃんはこちらへと駆け寄ってエビルKを見るとショックを受けていた。
「何よ、これ……」
「大丈夫。こいつはもう動けないよ」
「でも……!」
「精霊と女神の力で、こいつは封印された状態になってる。今すぐどうにかなるワケじゃない」
マイカちゃんは押し黙って下を向く。私の攻撃が通用しなかったことが信じられないのだろう。これまで、女神の力を借りて倒せなかった敵はいない。彼女は魔法の源とも言われている女神の力を、絶対的に信じていたのだ。
「こうなったのは、女神の力が及ばなかったからじゃない。私自身に、迷いがあったからだと思うんだ」
「どういうことよ、それ……こいつは……!」
「分かってるよ。でもさ……ごめん、上手く言えない。とにかく、私は、こいつを殺してしまうことが、まだ正しいとは思えなかったんだ。そんな迷いを女神は汲み取って、考える時間をくれたんだと思う」
マイカちゃんはまだ腑に落ちない様子だったけど、とりあえずは街に戻ることにした。ある人に確認したいことがあるから。
帰ろう。そう言うと、マイカちゃんは口を尖らせつつも私の横に並んだ。マイカちゃんの肩ではクーがあくびをしている。
沼地を出ても、私達は徒歩で街を目指していた。クーは私の腕の中ですやすやと眠っている。頑張ってくれたもんね。今はゆっくり休んで欲しい。
「ねぇラン。……私、あいつを倒すつもりでいたわ」
「そうだね。私だってそうだよ」
「でも、ランは」
「うん。……倒すって、殺すってことだよね」
「そりゃ、そうよ」
「……手下を生み出し続ける為に、悲しむ為に生み出されたあいつに、私は多分、同情しちゃったんだと思う」
「ラン」
マイカちゃんは立ち止まって、真っ直ぐ私を見ていた。ただ、見ていた。馬鹿なことを言ってるって、きっと思われてる。
「あいつさ、私達に会って、ペラペラ喋ったよね」
「そうね」
「なんか、話し相手見つけて、嬉しそうだった」
「……そうかしら」
マイカちゃんがそう思わないのは分かる。人間を殺すこと、なんとも思ってないみたいだったし。許せないって気持ちが湧いたのは、私だって一緒だ。
「ま、いいわ。ランの迷いさえなくなれば、きっとあいつを倒すことも出来るだろうし。とりあえずドボルが湧く原因も分かったことだし」
そうして彼女は追求をやめて、再び歩き出した。マイカちゃんは、私の意思を出来る限り尊重しようとしてくれてる。街の命運を天秤にかけて、それでもこうして私が考えようとすることを分かってくれた。
少し先を歩く小さな背中を見て、優しいね、と呟いた。返事が無かったから、それが彼女に届いたのかどうかは分からない。
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