第130話

 夕方、やっと街に戻った私達は眠い目を擦りながらユーグリアの入口に立っていた。マトは私達の帰りを待っていてくれたみたいだ。オオノは再び眠りについたとかで、とりあえずマトとオオノが暮らす家へと招かれることになった。


 家は街の入口の近くにだったからすぐに着いた。椅子に腰掛けると、やっと私達は本題に入った。マトもずっと気になっていたようで、落ち着かない様子で水が入ったコップをぎゅっと握っている。この人、所作がいちいち女子っぽいんだよな……。それが様になるからまたすごい。


「というわけで、燃やしても死なないし、とりあえず凍らせて戻ってきたんだよ」

「そいつがドボルを生み出してるって、本当に本当なのか?」


 私達を疑っているというよりは、ドボルが何かに生み出されるタイプの魔族だと思えないのだろう。それについては実際にあの気持ち悪い光景を見ないとピンとこないと思う。

 それに、オオノが調査してきてくれって言った場所が本当にドボルに関連していたことから信じられなくてもおかしくないし。

 しばらく何か考え込むような素振りを見せたマトだったけど、はっと顔をあげると、慌てて私達にお礼を言った。きちんと倒したわけじゃないから、ちょっと申し訳なく思ったけど、マトにしてみれば元凶がはっきりしただけでも収穫だったのだろう。


 軽い食事を振る舞われて、それから城壁の休憩室へと向かった。歩いて五分くらいの短い道のりだ。こんなに近いならオオノも家に戻ればいいのにと思うけど、多分ドボルに怯えている兵士達が帰してくれないのだろう。そう考えると本当に気の毒だな……。


 オオノはまだ本調子じゃないということで、私とマイカちゃん、それとマトだけが部屋に行くことになった。門番長は同席を強く希望していたけど、なんとなく嫌な予感がしたのでご遠慮頂いた。


 入室すると、オオノは人の気配に気付いて目を覚ました。ぼんやりと眠たげにしている顔は、美女にも美男にも見える。性別を超越する美ってこういうのを言うのかなってちょっと思った。


「何よ、ラン。やけに四人になりたがってたけど」

「うーん、ちょっとね。おはよ、オオノ」

「……ぉぅ」

「言い忘れたけど、オオノは寝起き悪いぞ」


 大丈夫、マイカちゃんなんて寝ながら殴ったりしてくるし。ぼーっとしてくるくらい、かわいいものだ。


「ちょっと、椅子が足りないわよ。ランの分が無いじゃない」

「おめーが粉砕したんだろうが」


 マトは呆れた顔でそう言って、オオノの寝ているベッドの端に腰掛けた。

 なんとか頭を働かせようとしているオオノには悪いけど、簡単に事情を話して、確認事項を優先することにした。


「オオノ。オオノの魔法を見た頃から気になってたんだ。オオノの魔法って、闇属性だよね?」

「俺の魔法……? 悪ぃ、急になんの話だ?」


 そう、私はエビルKがこの街の近くに住み着いてしまうことになった理由について、一つの仮説を立てていた。奴が会った時に言っていた言葉をそのまま伝えると、オオノは上半身を起こして顎に手を当てる。


「あーなるほど……その親玉は美味しそうな匂いがしたって、そう言ったのか」

「うん。だから。まさかと思った」


 これは私の直感だ。オオノの魔法は、クロちゃんが魔法を使ったときの感じに似てた。そしてあの聞き慣れない言葉。オオノの魔法は、何かの力を媒介にしたオリジナルの魔法だと思う。クロちゃんのオーラを連想したのは、彼女の唱える魔法の仕組みと似てたことと、属性が被ってる気がしたから。

 分かりやすく言うと、動きを封じたり呪ったりっていう力はどの属性よりも闇属性が群を抜いて扱いやすい。そのための魔術とさえ言える。こんなこと大っぴらに言ったら色んな人に怒られるだろうけど。私はざっくりとそう認識している。


「確かに、俺の魔法の属性は闇だ……俺の魔法の匂いを嗅ぎつけてたのか。じゃあ、俺は今まで何の為に」

「人払いしといて良かった。こんなの意地悪な人が聞いたら、変な誤解されちゃうよ」

「いや、誤解じゃない。知らなかったとはいえ、俺は自作自演のような真似をしていたってことだ」


 彼は暗い顔をして、そこで一旦言葉を切った。オオノにとって、辛い宣告になる。それは分かっていたけど、解決の為には、どうしても確認しなきゃいけないことだった。


「……マト、悪いが」

「やったじゃん!」


 沈黙が流れる。マト一人だけがキラキラした顔をしていて、あのマイカちゃんですら置いてかれてる。何? 何がやったなの?


「マト、聞いてたか? 俺は」

「要するに、オオノの魔法を調整すれば、あんな量や大きさのドボルは生まれないってことだろ?」

「……それは、そうだけど。違ぇだろ。聞けよ。俺は」

「オオノはオレ達と街を守ってくれた。オレ達はオオノの力に頼った。なのに、オオノだけが悪いのか」


 マトは何も理解できなかったんじゃない、全てを知った上でオオノを受け入れているんだ。彼の言う通り、この街の住人はオオノにちょっと頼り過ぎだと思う。マトの意見に誰よりも早く同意したのはマイカちゃんだった。


「そうよ。オオノがあの魔物を作ったって言うなら困っちゃうけど、元々たまに発生するような魔物だったんでしょう? オオノが居てくれて助かったことには代わりないじゃない。魔法に感応してもうちょっとだけ近くに住み着くようになって、少し量が増えて大きくなっただけでしょ?」

「あのな、二人とも。俺は無料でここで働いていた訳じゃないんだ。自分が誘発させた魔物を倒して給料貰ってたんだよ、俺は」

「まぁまぁ。オオノの言ってることも分かるし、マト達の言いたいことも分かるよ。それでオオノはどうしたいの?」

「俺は……街から出る。元々さすらうつもりだったんぎっ」


 なんか言ってる最中のオオノだったけど、ものすごい形相のマトに顔面をブン殴られて強制的に中断させられていた。


「オレはどうなんだよ! ふざっけんな!」


 マトはオオノにまたがって腕をぶんぶん振って顔を殴っていた。二人とも可愛い顔してるけど、やっぱ体は男なんだな、当たり前だけど。なんか思っていたよりも喧嘩の仕方が豪快というか、下手に割り込むと怪我しそうだ。

 少し離れて声をかけようとしたところで、マイカちゃんが腕を伸ばした。暴れてたマトの手首を一発で正確に掴むと、ぐっと引っ張ってオオノからマトを引き剥がすことに成功した。かっこいいなぁ……。


「いい加減にしなさい、マト」

「だって、こいつ!」

「どきなさい」


 マイカちゃんは小手を外してマトに持たせると、その拳をオオノの腹部に勢いよく突き立てた。音からして、マトのパンチの三倍は威力ありそう。


「ぐっ……!!?」

「勝手に別れることを決めるようなクソ野郎にはこれくらいやらなきゃダメよ」

「え……オオノ……? おい、生きてるか……?」


 なんで喧嘩の追いつめ方をレクチャーしてんのこの子。マトは青ざめながらオオノの名前を呼んでいる。大丈夫、それはね。ギリギリ生きてると思うから。途切れ途切れに呼吸してる声も聞こえるし。呼吸してるってことは生きてるってことだから、安心してね。

 オオノがいくら辛そうにしていても、マイカちゃんは謝らなかった。


「え、えと、マイカちゃんの言い分はちょっと置いといて。マトはどうしたい?」

「オレは、今のままがいい。あ、ちゃんと魔法の調整はしないとダメだと思うけど」

「なるほどね」


 そして私は頭の片隅でずっと「どうしよっかな……」と考えていたことの結論を出そうとしていた。ちなみに、「マイカちゃんに別れを告げたらこんな目に遭うのかな」っていう恐ろしい可能性については気付かないフリをした。


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