第63話

 西区に着いた私達はとある看板を見上げながらぽかーんと口を開けていた。この街の地図やパンフレットが読めないから、西区に入った辺りで人に道を訪ねたのだ。知らないと言われるのも覚悟の上で話し掛けたんだけど、ハブル商社の名前を出すと、おばさんはすぐに「それならあそこよ。言葉は上手なのに、読み書きは苦手なのね」と大きな看板を出している建物を指差した。


 そうして私達はその真下まで歩いて行って建物を見上げている。時計台と比べるとこぢんまりとして見えるけど、周囲の建物の中では抜きん出て立派だ。

 本当にこんなところを訪ねてもいいのだろうか。二の足を踏んでいた私とは打って変わって、マイカちゃんはあっけらかんとしていた。


「いつまでここでこうしてるのよ。行かないの?」

「いや、行くよ。ちょっとびっくりしちゃって」

「あー……ま、ちょっとびっくりしたけど。それにしても、訪ねて来いだなんて、ルークは何を考えているのかしらね」


 マイカちゃんの疑問は尤もだ。私達はルークにたまたま助けられた。そうしてこの街に辿り着いた。その上で彼女が私達に何をしてくれようと言うのか、見当も付かなかった。それを確かめる為にも、まずは行ってみないと始まらない。意気込んで入口のドアに触れたところで、背後から声を掛けられた。


「ランとマイカじゃん! 来てくれたんだ!」


 振り向くと、そこにはポケットに両手を突っ込んで佇むルークがいた。まだ知り合って間もないというのに、ドラシーと居ない彼女が新鮮に感じる。


「まー、入って入って」


 私達は中へと通され、少し緊張して敷居を跨いだ。一階にはソファ等が置かれており、簡易的な応接間になっているようだ。客人をとりあえず待たせておく、という用途にしては広々として上等な印象を受ける。

 きょろきょろと見渡すと、壁には大きな世界地図が貼られており、その陸地のほとんどが様々な淡い色で塗り潰されていた。きっと何か意味があるのだろう。私は指を差してあれは何かと問う。

 ルークは私達が文字を読めないのが意外だったという顔をしてから答えてくれた。


「あれは私達の配達可能地域だよ」

「へぇー。随分手広くやってるんだね。色分けされてるのは?」

「配送グレードっていうのがあって、例えばマッシュ周辺は黄色、一番安い区画だね」

「あぁそうか、距離によって金額は変わってくるよね、当然」

「そそ。黄色の次が緑ね。近くても危険な地域とか、遠くても治安のいい大きな街なんかは割安だったりするよ。大きい街は帰り道で仕事拾えたりもするからね」


 なるほど、よく出来ている。私とマイカちゃんは、これほど大きく詳細な地図は見た事が無かったから、へーなんて言ってそれを見上げていた。

 そうして補足するようにルークは続ける。


「運賃っていうのは配送グレードと、運ぶ荷物の重さや大きさや危険度によって変わってくるんだよ」

「危険度ってどういう意味よ?」

「例えば爆弾とかさ」

「危険過ぎる……」


 でもお金さえ払えばそんなものを運んでくれるのか。ちょっとだけルークの仕事って楽しそう、なんて思っていたんだけど、考えを改めることにした。


「ま、爆弾は言い過ぎたけどさ。それ系で多いのは荷物そのものが爆発物だったり毒だったりってパターンよりも、書類だったりすることの方が多いんだよ」


 彼女は何かを思い出しいるようで、困ったという表情で腕を組む。言ってることは分かる。密書の内容によっては十分運ぶ側にとって危険物となり得るだろう。


「しかも、超極秘にしたいからとか言ってさ。私達にもそれがヤバい書類だって伝えられないことが多いんだよ。承ってからどっかから脅迫状が届いて発覚したりさ。ホント、困ったもんだよねぇ」


 様々な苦労が絶えない仕事らしいということはよく分かった。私はおろか、マイカちゃんまでルークを労うような視線を送っている。


「そうだ。ちょっと四階の事務所に来てもらいたいんだ」


 そう言ってルークは階段を上っていった。ちなみに二階と三階は資材や預かった荷物置場になっているらしく、かなりごちゃごちゃしていた。あんなんで誰から預かって何処に届ける荷物なのか判別付くのかなと、素人ながらに心配になる程度には。


「兄貴ー。言ってた二人、連れてきたよー」


 四階に上がると、ルークは扉を勢いよく開け放つ。入って入ってと手を引かれ、私達も彼女に続いて、事務所と呼ばれた場所に足を踏み入れる。

 いくつか机が並べられている中でも、一つだけ窓を背にして周囲を見渡すように配置された机がある。恐らくは偉い人の席なんだろうけど。その前に立って腕を組む男性がいた。逆光で顔は見えないけど、ガタイが良くて背が高い。なんとなくマチスさんを彷彿とさせるシルエットだ。


「おぉ! その子達が噂の!」


 なんとなく歓迎されているようだけど、事情が飲み込めない。男性はずんずんとこちらに歩み寄って、目の前に立つと握手を求めてきた。

 彼はタンクトップから惜しげもなく焼けた肌と鍛えられた筋肉を晒している。なんとなく気の強そうな顔をした人だ。綺麗な色の金髪は短く刈り上げられていて、全体的にどこかの騎士団員のような風貌だ。


「俺はハブル商社の社長兼、ルークの兄貴。ドロシーだ! よろしくな!」

「っっっっっよろしくお願いします!」


 私はいくつもの何かを飲み込んで、ようやく彼の握手に応じた。ちなみに、マイカちゃんは真っ赤な顔をして口元を押さえている。ダメだよ。笑っちゃだめ。っていうかもうその顔の色、笑ってるのと同じようなものだよね。ルークはちょっと変わった名前だなーくらいで済んだけど、この容姿でドロシーはちょっと、実を言うと私もキツい。

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