第54話

 予定していた通り、私達は買い出しをしてから昼食を済ませ、コタンの町を後にした。道行く人々に呼び止められて色々なものを貰ってしまったので、食料なんかはほとんど買う必要がなくなっちゃったんだけど。

 私もマイカちゃんも、基本的に好き嫌いは無いから全部ありがたく頂いている。ちなみにクロちゃんの好きな食べ物を聞いてみたら、闇を感じさせる食べ物とかいう意味不明な回答が返ってきたので聞かなかったことにした。


「それにしても、本当にすごい歓迎っぷりだったね」

「そうだね。ちょっと恥ずかしかったけど」

「私は結構楽しかったけど?」

「マイカちゃんはそうだろうね」


 鋭い視線が飛んできたので、さっと目を逸らす。森を目指して歩く私達の足取りは軽快だ。美味しいご飯も食べたし、いっぱいありがとうって言われて気分がいいし。

 不安な要素と言えば、これからマイカちゃんと二人でルーズランドに行くことなんだけど、それについてはレイさんのとっておきの方法があるらしいので、あまり心配はしていない。というか完全にレイさんを当てにしている。

 そうしてはたと気付いた私は、声を発していた。


「あっ……」

「どうしたー?」

「ルーズランドに行って、赤の柱をどうにか出来たとするでしょ。柱が消えたのを確認した勇者が、柱に近いところの魔法陣を使って飛んでくる可能性って……?」

「そりゃあるよ」


 レイさんはあっさりと肯定して、私の心配を鼻で笑った。


「っていうか、そんなの今だってそうじゃん」

「あぁ。言われてみれば」

「でしょ? さすがにまだセイン国に着いてませんなんて話はないだろうし。まぁ黒の柱のあとに、ランちゃん達と同じように白の柱に向かったっていうんなら分かるけど……それにしてはジーニアの滞在中、平和過ぎたんじゃない?」


 彼女の言うことは尤もだ。状況から向こうの動きを推察するしかない。今の状況を考えると、彼らはセイン国で青の柱を守りつつ様子を窺っている。そう考えるのが一番自然だろう。


「これはあとで話そうと思ってたんだけど、奴らに遭遇しないで青の柱の封印を壊す方法を思いついた、かもしれないんだよ」

「かもしれないって、どういうこと?」

「結局はあちらさんがどういう動きをするじゃん? あたしにそこまでは決められないからね。ただ、やるべきことなら100%やれる。そういうことを思いついたの。ま、それについては検証が不十分だから、二人がルーズランドに向かってる間になんとかしとくよ」


 レイさんは結構、頭の中だけで展開してるっぽいことをぺらぺらと言う。彼女の頭が良過ぎて私がついていけてないのだろうか。第一、私達はルーズランドを出るとセイン国を目指すのに、どうやって伝えるつもりなんだ。

 私達が話をしていると、前を歩いていたマイカちゃんが左手を水平にして、私達にストップをかけた。


「あいつらと戦うのも久々ね」


 マイカちゃんは上空を見ている。小さな点で、姿は見えない。だけど、今は私にもあいつらが何者なのか分かる。あの点の動き方、近付いてくるスピード。奴らはガーゴイルだ。


「戦闘自体久々な気がするよ」


 私は荷物を適当なところに下ろして構えた。もっと魔法の練習をしたいと思っていたところだ。長距離の敵を狙う練習としては最適だろう。あと、ルクス地方の呪文についても試してみたいし。

 もう慣れてきたあの方法でターゲットを絞ると、離れ過ぎていて輪の中に二匹くらいのガーゴイルがまるまる収まっている。これで二体がそのまま全身燃えて消し炭になってくれるといいんだけど。


「トーラ!」


 私の手から射出された炎は奴らに届く前に失速してそっと消えた。沈黙が流れる。結構気まずい感じの。三人の視線が突き刺さる。なんだろう。おうちに帰りたい。


「呪文を使うには離れ過ぎてるでしょ」

「ってことは詠唱系なら……?」

「まぁものによるけどね。クロちゃんの魔法見せてよ」

「いや。レイになんて見せたくない」

「えー?」

「イチャイチャしてないでなんとかしなさいよ!」


 マイカちゃんはイラっとした様子で私達を怒鳴り付ける。私は二人と違って別にイチャイチャなんてしないのに……。だけど、この距離ではまだクロちゃんの魔法の射程範囲にも入っていないはずだ。結局何もできないまま、敵が近付くのを待つしかないのか。そう諦めかけた矢先だった。


「十秒以内にアレをやっつけたら、クロちゃんがしゅきしゅきだいしゅきって言ってほっぺにちゅーしてくれるってんなら、やる気出るんだけどなー」

「はっ。五秒以内に出来たら口にしてもいい」

「よっと」


 レイさんがそう言って空に手をかざすと、空に白くて黄色っぽい光が現れた。よく見ると、レイさんの手と全くの同じ形をしている。彼女がぐっと空中を掴むと、空から伸びた巨大な手はガーゴイル達を包み込んで、そのまま握り潰した。

 ぶしゅっと紫色の体液が空に爆ぜて、彼女が手を下ろすと、光で構成された手のような何かはふわぁ〜っと空気中に散っていって、すぐに見えなくなった。


「すっご……」

「何よアレ……反則じゃない……」

「一秒で倒したんだからもっといいことしない?」

「しないし、さっきの口にするってのも嘘だし、そもそも十秒に倒せたらっていうのから遡ってしない」

「えー!」


 レイさんは心底ショックそうな声をあげて、クロちゃんのご機嫌を取ろうと必死になっている。レイさんの手のひらの魔法、すごかったんだけどな……そのあとの、クロちゃんの手のひら返しの方がすごくて、ちょっと印象薄れちゃったな……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る