マッシュ公国 建国祭

クーのお迎え

第92話

 のどかな農道を歩いてノームさんの牧場を訪れた私達は、古びた木製のドアをノックした。程なくして中から彼が顔を出して、入れと言われる。

 牧場へと続く裏手のドアを開けると、すぐ近くでクーがバケツに顔を突っ込んでいるところだった。


「ちょうど昼飯を食わせてるところだったんだ。この間もしたと思うけど、改めて飼育に関する注意事項の説明を二人に聞いてもらうよ。ちゃんと二人が理解しないと、そいつは渡さないからそのつもりでいてくれ」

「もちろんです。マイカちゃん、行こ」

「そうね」


 私達はご飯を食べるクーの長い首を何度か撫でると、事務所の椅子に並んで座った。もうすぐ、あの子がうちの子になるんだ。ペットじゃない、冒険の新たな相棒として。ワクワクしないワケがない。

 隣を見ると、マイカちゃんもそわそわした様子で、窓からクーの様子を窺っていた。


「クーは相変わらず小柄ね」

「女の二人旅で良かったかも。男の人だったら乗り切れなさそう。クーの負担になりたくないし、太らないようにしないと」

「ランはもう少し太ってもいいわよ」


 マイカちゃんは私の胸をチラッと一瞥して言った。いくらマイカちゃんでも言っていいことと悪いことがあるよ。怒るよ。

 ノームさんは私達の正面に座ると、「この間説明した内容と重複するけど」と言って話を始めた。


 餌やりは一日二回。あのサイズのバケツに半分くらい、あとは体の成長に応じて。彼が説明した食事の説明に疑問はない。肉を好むけど、木の実を食べることもあるし、結構雑食なんだとか。

 肉食よりも有り難いなぁなんて相槌を打ちながら、彼の説明してくれたことを頭に叩き込む。

 そしてノームさんは、これから飼い主になるお前達だけには教えておくと前置きをしてから静かに告げた。


「お前達がクーと名付けたあいつは、体を小さくすることも可能だ。旅先でドラゴンを同伴することに不便が生じることもあるだろうが、あいつなら多少の融通を利かせることができる」

「すごい……つまり食費も節約することもできるのね」

「なんでそんな可哀想なこと真っ先に思いつくかな」


 私はマイカちゃんの非情さに恐れ慄きながら腕を組む。そんな私達の会話を聞きながら、ノームさんは困ったように頭を掻いた。


「実を言うとな、あいつの体が大きくならないのもそのせいなんじゃないかと思ってる」

「どういうこと?」

「恥ずかしい話だが、うちは結構カツカツでやってるからなぁ」


 ノームさんの牧場の評判があまり良くないことは私もルークから聞いている。事情を察したクーが成長する体をその分小さくしているんじゃないかと、彼は推察しているらしい。


「それが本当だとしたら、クーって随分いじらしいのね」

「クーは元々、竜の観測所の近くで怪我をしているところを騎士団に保護されてるんだ。で、珍しい種類のドラゴンの飼育にどこも乗り気じゃなかったから、俺の牧場で預かることにした」

「そうだったんですか」

「あいつの体は、初めて会った時から大きくなっていない。これまであいつが大きくならなかったのは、何か訳がある筈なんだ。病気ではないようだから安心してくれ」

「分かりました」


 そのあと飼育に関する注意事項をいくつか聞いた。驚いたのは、出来るだけ毎日ハグしてやってくれ、というもの。甘えんぼさんなんだってさ。可愛い。


「そういえばクーってオスなの? メス?」

「あいつはメスだな。あの種類は発情期はないから安心してくれ」

「あるドラコンっているんですか?」

「というか大抵はあるな。多くの場合は、大きな声で異性を呼んだり、壁や木に体当たりするぞ」

「怖い」


 クーに発情期がなくて良かった。

 そうして私達は飼育の説明を全部聞いて、それからサインをした。ノームさんは私達の字が読めなかったみたいで不思議そうな顔をしていたけど、これは私達の字が汚かったからじゃなくて、ノームさんにとって余所の国の文字だったから。私にもマイカちゃんの字は読めなかったけど。

 字が汚いって訳じゃないんだけど、なんかマイカちゃんのサインって気合い入ってるんだよなぁ……でも練習したの? って聞いて「うん」って言われたら反応に困るから確認はしない。


 三人で牧場に出ると、クーは食事を終えて、壁の匂いを嗅いでいた。なんかあるのかな。犬みたいで可愛い。


「クー。お別れの日がきた。今日までありがとうな」


 ノームさんがそう言って両手を広げると、クーは両眼をつぶって全身に力を入れてるみたいだった。クーの体がグングンと大きくなっていく。


「え」

「ちょっと」


 元から倍くらいの大きさになって、クーの体は巨大化を止めた。あと少し大きくなっていたら事務所を破壊するところだったよ、マジで。

 ほっとした私達とは別に、ノームさんは涙ぐんでいた。


「お前、本当はこんなに大きくなっていたんだな」


 そうして二人はお別れの長いハグをした。クーが下ろした長い首をノームさんが抱く。二人を引き裂くみたいで少し申し訳なかったけど、隣ではマイカちゃんが「あれ、ちゃんと元に戻るのよね?」と心配そうに呟いていた。台無しだよ。


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