第80話
ルークは馬車の幌にくっついてる小窓を開けっぱなしのまま、馬を爆速で走らせた。たまに大きめの石か何かを踏んで馬車が揺れて、がちんと歯が上下で強くぶつかる。マイカちゃんじゃなくても酔う、というか私も気持ち悪くなってきた。
一方でマイカちゃんは案外けろっとしていた。ここまで激しいと逆に大丈夫という謎理論を振りかざして、青ざめていた表情が色を取り戻り始めている。本当にめちゃくちゃな体をしてる。
「なによ、気持ち悪いの? 全く、だらしないわね」
「それ、マイカちゃんだけは私に言っちゃだめだと思うんだぁ……」
「キラキラする?」
「いま後ろから顔出したら落ちるでしょ」
「ま、死にはしないでしょ。多分」
「そんなリスク背負いながら吐きたくないよ」
私達は他愛もない会話をしながら馬車の揺れに耐え続けた。耐えたと表現するほど堪えているのは私だけだろうけど。マイカちゃんは気分がいいからずっとこのまま走って欲しいなんて言ってニコニコしている。
たまに後ろのカーテンをめくって外の景色を確認していたんだけど、急に木々が生い茂る光景が広がっていて驚いた。
そういえば、心なしか馬車のスピードが落ちたような気がしなくもない。
「そろそろ山賊が出るかもって言われてる区間に入るね」
「そうね」
もう今しかない。私はそう確信してある話を切り出した。彼女が体調不良を理由に切り上げてしまったあの話だ。
「今、元気なんだよね? あのさ、さっきの話の続き聞かせてよ」
「は? 何よ」
「なんで私に塩を撒いてたのかって話」
私は暗がりの中でキラっと光るマイカちゃんの瞳を見つめながら言った。ルーク達に聞こえると都合が悪いかもしれないから、声のトーンは落としている。多分、私達の声はルーク達に届く前に馬車の走行音に掻き消されていることだろう。
「そ、それは……」
「聞かせてよ。あのままじゃ意味分かんないし」
その時、マイカちゃんの言葉よりも先に飛んできたものがあった。カン! と小気味良い音を上げて私のすぐ隣、馬車の床に当たる。石でも跳ねたかと思って視線を向けると、そこには矢が刺さっていた。
「……? …………、はい?」
「何よ。ただの矢じゃない」
「人を殺める道具じゃん」
この子はどれだけ最悪の状態を想定してるの? なに、ただの矢って。ただじゃない矢って? 火矢とか? 怖すぎ。
私は慌てつつも、平常心を意識して頭を動かし始めた。当然、外は見えないから推測するしかないんだけど、今は私の心配をすべきじゃない。私よりももっと危険に晒されてる人物がいるじゃないか。
「ルーク!」
「はいはーい。いやー、やっぱ出たね。渓谷の入口に誰かが通ったのを知らせる罠っぽいのがあった気がしてたから、まさかと思ったんだけど」
「二人は遠距離攻撃できる武器は何か持ってるか!? 俺がそっちに移動する間、持ち堪えてくれ!」
「持ってないけど、することはできるわよ。ランならね」
すごいカッコいい感じで発言してるけど、内容的に私に全部丸振りだよね。何故かマイカちゃんがドヤっているのが気になるけど、私は馬車の後ろからそっと外の様子を見た。
「どう?」
マイカちゃんがそう言うとほぼ同時に、月明かりに照らされて、ある樹の上の方で何かが光った。矢の先端だ、それを察した私は、反射的に呪文を叫んでいた。
「ウラーグ!」
手で狙いを定めたりはしない。この呪文は風の上位魔法で、術者の前方一帯に暴風を巻き起こす。要するにどこか一点を狙い撃ちするような魔法ではないのだ。
唱え終わると同時に大きな突風が巻き起こる。木々がざわめいて葉を散らす。私が帽子を被っていたら間違いなく頭を押さえていた。
バランスを崩したらしい賊は弓矢を放ってはこなかった。ほっとしていると、道を挟んだ反対側の樹から誰かが落下する。死んではいないだろうけど、かなり痛そうだ。
「あんなところにも潜んでたのか……上位魔法を唱えておいて正解だったな」
「とりあえず危機は脱したってことでいい? って言いたいところだけど……来たわね」
ドドドドと馬車の後ろから地鳴りのような音が聞こえる。目を凝らして見ると、何かがこちらに向かってきている。あれは、馬に乗った山賊だ。七、八体くらい居るように見える。
「げっ」
「どうする?」
なんでやってやるぜってかんじで拳を握ってるのかな、この子。馬車もかなりのスピードが出ているので、すぐに追いつかれるということはなさそうだけど……こちらは荷台を引かせている。追い付かれるのは時間の問題だろう。
「やるしかないでしょ」
追い付かれたら、なんて悠長なことは言っていられない。彼らはおそらく弓を放ってくるだろうから。賊はともかくとして、馬は無実だ。彼らを傷付けるような真似はしたくなかったけど、こちらも命が掛かっている。多少の犠牲には目を瞑る他ないだろう。
私が意を決して呪文を唱えようとしたとき、前に乗っていたドロシーさんが後ろへと移動してきた。
「待たせたな! 準備ができた! ここからは俺に任せろ!」
そういって彼は腰に装備した弓矢を引いて、手を離した。ドロシーさん……ビジュアル的に絶対ハンマー使いだと思っていたのに……。
遠くの方から「んびっ」という声が聞こえて、主人を失った馬が一体失速した。矢は綺麗に眉間を撃ち抜いていた。すごい精密射撃……見た目とのギャップで競ったらマイカちゃんといい勝負しそうだ、この人。
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