第222話
勇者とヴォルフ、どちらも一筋縄ではいかない強敵だ。一人で相手をするには骨が折れる。だけど、ウェンと死闘を繰り広げているマイカちゃんに助けを求めることはできない。
迷っている暇はなかった。勇者は剣を拾い上げ、こちらに向かってくる。ヴォルフは杖をかざし、その上に黒い雷雲を呼んでいる。猫の手も借りたい。いや、猫はだめ、可哀想。死んじゃう。でも、猫みたいに自由で気まぐれな女なら。私は声を張り上げた。
「ニール! そのおじいさんよろしく!」
「あらあら。レディになんて野蛮な頼み事をするのでしょう。このジャスティス・ゴージャス・デリ」
「いいから! ね!」
そして私は勇者の斬撃を、水流の勢いを借りた一太刀で受け止める。さっきは油断していただけで全力で迎え撃てばどうってことなかったのか、単に強化魔法を使用したのかは知らないけど、とにかくほぼ互角に競り合った。彼の方が少し強いくらいだ。このままだと分が悪いと判断した私は、一旦後ろに退くと、大地の精霊の力を借りることにした。
――お願い……! 力を貸して……!
レンガで舗装された道が盛り上がり、勇者を飲み込むように突き進む。声が届いたことに安堵しつつ、次の手を考える。勇者とヴォルフが連携する可能性は。
視線を向けると、ヴォルフはニールと向き合って笑っていた。何を言っているのかは分からない。しかし、こちらに注意を払っている様子はなかった。ニールを軽く捻ってから勇者に加勢するつもりだろう。
「ニール、勝ってとまでは言わない。だけど、時間を稼いで。そして、死なないで」
仲間の無事を祈った刹那、耳元で声がする。
「あんなもので勝ったつもりか」
「!?」
そして一振り。勇者の両手剣は私の脇腹を掠めた。感覚で出血したことが分かったけど、視線を落とすわけにはいかない。私は勇者から目を離さずに、剣を振るった。だけど呆気なく躱される。対人の戦闘経験が違う、そう感じた。
ズキズキと痛む腹に思わず触れる。ヌルッとした嫌な感触、生暖かい。そうして、自分がどうなっているか、大雑把に理解する。
勇者はこの程度で容赦するつもりはないらしい。彼の持つ剣に光が集まり、そっと下された切っ先は、触れたレンガを音もなく斬った。あれに斬られたら、本当に終わりだ。
「ダラダラと続く戦いは好きじゃない。とっとと終わらせよう」
「そう。来たら?」
余裕そうに振る舞って見せたけど、そうじゃない。本当は痛みであまり動きたくないだけだ。伝説の剣から、闇の力を引き出す。勇者の刃に集められているのは光属性の何か。相殺するには闇の力を使うのが一番効率的だ。
勇者は表情を一つも変えないまま、私に斬り掛かった。上から振り下ろされる剣を受けようとしたけど、彼の視線が私の腹に注がれていることに気付いて、途中で軌道を変えた。予想通り、彼は真っ直ぐ剣を振り下ろさず、私の腹を狙うようにスイングした。半歩引いてそれを剣で弾く。重たい感触と甲高い音。
惚ける間も無く、今度は突き出された切っ先を、真っ黒な刀身で受け止める。さすが伝説の剣だ。レンガと同じようにはいかないらしい。
「思ったより動けるな」
「そりゃどうも」
睨み合ったまま精霊に呼びかけ、勇者の真下に落とし穴を開ける。しかし、彼は穴の上に立ったままだ。足場を崩されることは想定内だったらしく、彼は何かの力を借りてずっと少しだけ宙に浮いていたらしい。ということは飛ぶことができてもおかしくはない。押し寄せる土の波よりも高く跳べるのだとしたら、少し目を離した隙に、軽々と躱されてしまったことにも説明がつく。本当に、厄介な相手だ。
対する私は腹に小さくない負傷を抱えている。この場をひっくり返すような何かが要る。だけど見つからない。彼は片手を剣から離すと、そいつを突き出した。予想外の衝撃波が私を襲う。
「なっ!?」
吹っ飛ばされた先は民家のドア。だったらしい。背中に衝撃を受けて、壊れたドアごと、家の中へと雪崩れ込む。全身の骨がバラバラになったみたいに痛い。剣を杖にしてなんとか立ち上がると、逆光でシルエットしか見えない勇者が、初めて笑った気がした。
「その剣を引き抜いたのに街が崩壊しない理由、話す気はある?」
「今まで訊いてこなかったくせに……」
「気が変わったんだ。君達を無力化してからどういうことか聞こうと思ってたんだけどね。力をセーブして勝てる相手じゃないと考えを改めたよ」
彼は淡々とそう言った。言い換えれば、彼はようやく、殺す気でこちらに向かってくるつもりになった、ということだ。今までがそうじゃなかったのがちょっと信じられなかったけど。
「……再封印だよ」
「何?」
「この街が、壊されないように、するために……私達は、別の剣を用意して、それを新しい伝説の剣にしたんだ……」
「そんなことが……いや、君達だから成し得た事だろう。しかし驚いたな」
「私は、この街のために、戦ってきた。これまでも、これからも……お前が魔界の扉を開けるっていうなら、この街が消滅しなくなった今も、黙って見送る訳にはいかない」
「そうか。……そうだな」
崩壊は免れたけど、勇者がこれから双剣を手にするというなら、やっぱり決着を付けなければいけないだろう。魔界の扉が開かれれば、最寄りのこの街が被害を被らない訳がないんだから。それに、父の形見である双剣を、こいつには使ってほしくない。
私はゆっくりと顔を上げた。彼はやっぱり無表情で、剣を握ったままで居た。
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