第145話

 塔を横目に見ながらぐるぐると、少しずつ中心に近付くように歩いていた私達は五巻目に入ったところだ。各関所で合言葉を求められて、オオノに教わった言葉を伝えるとすぐに通してもらえた。関所の見張りは二人体制みたいだけど、大体が合言葉を聞くと目を見合わせていた。

 道のりは順調だ。だけど、私達の気分は良くなかった。一巻目は少し影のある発展途上の町、という趣だったけど、地上最後の五巻目にもなると集落の雰囲気は最悪だった。

 活気が無く、みんなが下を向いて歩いている。一巻目ではたまに見かけた物乞いすら見かけなくなった。考えれてみれば当然だ。物乞いというのは与える立場の人間が居て初めて成り立つのだから。

 物乞い自体初めて見たけど、そんな場所でそれすら見かけなくなるほど治安の悪い場所に足を踏み入れることになるとは思わなかった。


「一巻目で買い物しとけって言われた意味、今ならはっきり分かるよ」

「そうね。零巻目まではどれくらいなのかしら。こんなところで宿なんて取れるのかしらね」

「うん……そこが心配だよね。できるだけ早めにこんなところから抜け出したいし」


 オオノとヤヨイさんには悪いけど、私達にはこの場所は合わない。長屋から聞こえてくる男達の怒号を聞き流しながら、そう思った。

 道には時折、倒れてる人が居る。男も女も、子供でさえも。だけど私達はそれらに声を掛けることなく先を急いだ。三巻目で、心配した顔をして近付いた人の荷物を盗んで逃げる人を見てから、どんなに良心が傷んでもそうしようと決めた。ちなみに、近付いた人は、荷物を取られた時に「てめぇ生きてやがったのか!」なんて暴言を吐いていた。あの人も善人なんかじゃなく、死人の荷物を漁ろうとした盗人だったようだ。

 それを見たマイカちゃんは「この世の終わりみたいなところね」と呟いた。私もそう思う。だけどまだ地上で、塔への道は半分くらいある。この下が存在するのか、そう言いたくなる程の劣悪な環境なのに。


 私達は自然と会話が減った。よそ者なのは一目見て分かる風貌だ。目を付けられやすい自覚はある。ペラペラと話をしながら歩いて不意を突かれることを、二人とも本能的に察知していた。

 クーですらマイカちゃんの肩の上でじっとしている。この集落に入ってから、大好きな木の実も全く口にしていない。クーなりに音を立てずに身を潜めているつもりなのだろう。もしかしたら一番怖がっているのはクーかもしれない。そう思うとすごく申し訳無かった。


 一巻目ではそれなりに踏み固められた道が続いたけど、五巻目ともなると道一つ取っても最悪だ。でこぼこしていて、場所によっては水溜まりが酷くて跨いで歩かなきゃいけない。さらに、糞尿や吐瀉物にも気を付けなければならない。

 ここの人達が下を向いて歩いているのは足元の様々な危険を回避する為なのでは? と思えるほど状態が悪かった。まぁ、足元だけ見て歩いてたら、後ろや横から何かをされるんだろうけど。

 そんな太くなったり細くなったりする奇妙な一本道を歩いていくと、行き止まりが見えてきた。誰かが立っている。おそらくはあそこが関所なんだろう。


 さっきマイカちゃんと話していたように、宿のことは覚えている。だけど、やっぱりこんな場所で宿を取る気にはなれなかった。寝て起きたら身ぐるみ全部剥いで外に放り出されてそうだし。

 そのことをマイカちゃんに伝えると、彼女は逡巡する間もなく、「分かった。それでいいわ」と答えてくれた。きっと彼女も同じようなことを考えていたに違いない。クーもキリっとした顔をして、こくこくと頷いている。無理させてゴメンね。


 打ち合わせを簡単に済ませると、私達は再び歩き出し、二人の男と対峙した。これまでと違って、奥に集落は見えない。ただの更地が広がっている。


「ちょっと待て。ここは六巻目の入口だ。梯子はしごを降りれば六巻目、分かっているか?」


 恰幅のいい中年男性はそう言って、腰にサーベルを携えたまま立ちはだかった。少し警戒したけど、敵意は感じない。私は合言葉を小声で伝える。目を見開きはしたものの、彼はこれまでの見張りのような反応は示さなかった。


「……通れ。一つ言っておく。中で買い物は絶対にするな」

「どういう……」

「いいから行け」


 二人は私達が通れる分だけ道を開ける。間を通って井戸のような穴を覗くと、木製の粗末な梯子が据え付けられていた。正直、とんでもなく怖い。だけど、行くしかないんだ。

 先にマイカちゃんが降りようとしたから引き止めた。何かあった時に上手に対処できるのはマイカちゃんかもしれないけど、こういう時に理屈じゃない義務感や正義感が働くのが私という人間だ。アホだと思うけど、それでもどうしても、年下の女の子を先に危険なところに向かわせることは出来なかった。


「いいわよ、私は先に行く」

「でも」

「いいってば。大体、何かあったらランはされるがままでしょ」

「そういう問題じゃないじゃん、ここは私が」

「そういう問題よ。逆にどんな問題があるの?」

「それは、その……」

「私が下に着くまでに考えておいて。じゃ」

「え、ちょっと!」


 マイカちゃんは梯子を掴んで降りていってしまった。私は慌ててその後を追った。ホント、かっこつかないな……。


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