第85話
「この吊り橋を渡ったらもう着くよー」
ルークが外の様子が分からない私達に声を掛けてくれた。リードさんは流麗な動作で自分の後始末をしている。さすが王族、おしっこ拭いてるだけなのに優雅だ。だけどこれ、おしっこ拭いてるだけなんだよな……。
そして言っちゃ悪いけど拭いても服に付いてるせいか結構臭い。こんなイケメン♀からおしっこの臭いするって、なんか変な趣味に目覚めそうなファンの子とか居そう。
少なくとも私とドロシーさんは困った顔で笑ってるし、マイカちゃんに至っては三秒に一回くらい臭いって言ってるけど。
「まぁ、とりあえず、これがアンタに対する大臣からの罰だってことは分かったわ。ずっとこの先の目的地に住むの?」
「まさか。二週間くらいだろう。荷台に乗ってる食料を見た感じだとな」
リードさんは周囲を見渡してそう言った。まぁ、いくら罰とはいえ、王女に衣食住に困らせる訳にはいかない、か。
「おそらくはお祭りの日までには戻れるだろうさ。きっと、私の愛竜のセントレアが迎えに来てくれる」
「へぇ。アンタも竜に乗るの?」
「……さっきから気になっていたのだが、君達はどこの人間なんだ? 言葉が流暢だったから違和感が無かったが、私やセントレアのことを知らないなんて」
「リード様。この二人は旅の者です。来たばかりですし、目的も観光ではないので、その辺には疎いのかと」
ドロシーさんの説明を聞いて、リードさんはなるほどと顎に手を当てて呟く。そして教えてくれた。マッシュ公国最大の年に一度のお祭りのことを。
マッシュ公国の建国を記念するお祭りで露店がたくさん出るとか、ドランズチェイスという飛竜レースが開催されて優勝者には賞金が出るとか。去年まで三年連続優勝者はリードさんなんだとか。すごい人らしい、この人。
「どうせ王女だからって贔屓されてんでしょ」
「その逆だ。私はみんなから遅れてスタートになる。それくらいハンデがないといい勝負にならないんだよ」
「へぇー……人間誰しも取り柄ってあるものね」
「女の子にここまで言われたのは生まれて初めてだよ」
がっくしと肩を落としてから、リードさんは馬車の先頭へと顔を向けた。馬車を引いてる馬の種類はなんなんだ? とドロシーさんに問いながら。
「あぁ、ブリッドホースです」
「なんと。あの暴れ馬をここまで乗りこなせるとは。ドロシーの妹とやらはなかなかの乗り手だな」
「えぇ。私の自慢の妹です」
ここの会話はルークに聞こえているだろうか。それは分からないけど、後ろに私達以外の人が乗っていて、それがリード王女だということは聞こえているだろう。必要なこと以外は一切口にしないルークの様子に違和感を覚えた私は、再び彼女の隣の席へと移動した。
「おっ、どうしたの? ラン」
「いや、えーと、この馬車にリード王女が乗ってたの、聞こえてた?」
「あぁうん。それが?」
「それがって……気にならないの?」
「うーん、あんまり。正直、こんなことだろうなーって気はしてたし」
なんていうか、この子は本当に肝が据わっている。馬車はスピードをやや落として吊り橋の真ん中を走っているところだった。暗くて視界は悪いけど、向こうの陸地がほんの少しだけ見えている。
もしかすると普通の地面を走るよりも橋の上を移動するというのは神経を使うものなのかもしれない。これ以上気を散らせるような真似はやめようと思った矢先、後ろから「痛い!!!」という声が聞こえてきた。これは、リードさんの声だ。
「どうしたんですか?」
「この子が私をぶったんだ!」
「マイカちゃん、いくらおしっこ臭いからって殴っちゃダメだよ」
「そんな理由じゃないわよ! こいつ、私の胸触ったの!」
「えっ」
「すまない、まさか触っちゃいけない胸があるなんて思わなかったんだ」
どういう言い訳じゃ。
この人、女の子には困らない人生を送ってきたみたいだし、それに王女だし。彼女の行動を咎める人なんていなかったのかもしれない。
それにしても、よりにもよってマイカちゃんの胸に触るなんて……命知らずな……。
「触っちゃいけない胸って何よ! 基本的に人の胸に触るなんてダメに決まってるでしょーが!」
「すごい……マイカちゃんが正論言ってキレてる……」
「ランあんたちょっとこっち来なさい」
「遠慮しときます」
二人のやりとりに、ドロシーさんは随分と気まずい思いをさせられたのだろう。目のやり場に困っているという様子で、視線を逸らしながら二人の喧嘩の仲裁をしようとしている。
それにしても、マイカちゃんの胸を……ふぅん……。
「ラン、まさかマイカとそういう仲なのか? なら悪かった」
「別にそういうんじゃないけど……マイカちゃんのこと怒らせるなら一人でモンスターと戦えるくらい強くなってからの方がいいよ。この子、弱いモンスターならワンパンだから」
「なっ」
「あと私は全然怒ってないけど、次やったらこの橋から放り投げるくらいはするかも」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか!」
冗談のつもりだったんだけど、そうは聞こえなかったらしい。リードさんは今度は大きい方を漏らしそうな勢いで動揺している。
冗談っぽく言えてなかったらしいことに自分で密かに驚きながら、私は馬車の向かう先に視線を向けた。橋が終わる。放り投げるなら今だ。じゃなくて、そろそろこの任務も終わりだ。長い一日だった。
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